第1章 迫る脅威 揺らぐ協調
極超音速ミサイル 無益な開発競争 D. ライト/C. トレイシー
宇宙戦争を阻止せよ 高まる衛星間攻撃の緊張 A. フィンクベイナー
核ミサイル防衛 米国の幻想 L. グレゴ/D. ライト
局地核戦争でも人類は滅亡 A. ロボック/O. B. トゥーン
完全自律型兵器 N. シャーキー
炭疽菌兵器の恐怖 P. S. カイム/D. H. ウォーカー/R. A. ジリンスカス
枯葉剤 エージェントオレンジの霧 C. シュミット
北極海争奪戦 M.フィシェッティ
にらみ合いの行方 K. スティーブン
第2章 拡大するサイバー攻撃
加速するAI攻撃 吉川和輝
AI時代のサイバー戦争 語り:高倉弘喜 聞き手:吉川和輝
サイバー監視の攻防 吉川和輝
GPSハッキングの脅威 P. トゥリス
巧妙化するフェイク動画 B. ボレル
フェイクを見破る 出村政彬
サイバー戦争を生き抜く知恵 K. エラザリ
第3章 苦悩する世界
紛争がもたらす心の深い傷 R. F. モリカ
戦場に駆り出される子供たち N. G. ブースビー/C. M. クヌドセン
戦争は人間の本能か R. B. ファーガソン
本書,別冊日経サイエンス251『「戦争」の現在 核兵器・サイバー攻撃・安全保障』は,月刊誌「日経サイエンス」に掲載された近年の記事から主に軍事技術や情報攻撃に関する解説を集めて編纂したものである。
去る2月下旬にロシアがウクライナに侵攻し,世界に大きな衝撃を与えた。新聞・テレビはウクライナの日々の惨状を伝え,国際社会はロシアの侵攻を非人道的な暴挙として厳しく非難している。一方,ウクライナ国民の現状が詳しく伝えられているのに対し,ロシア国民の考え方を伝える信頼に足る情報はそう多くない。さらにネット空間では,今回の侵攻を読み解く“解説”と称して陰謀論的思考に基づくと思われる怪しい言説も流布している。
多くの良識ある人々にとって,「いったいなぜ,こんな事態に至ったのか」というのが率直な問いだろう。戦争という極限的混乱のなか,そして誤情報と偽情報が飛び交う状況のなかで,この問いに答えを出すことが求められている。本書に収載した記事は今回の軍事侵攻を直接に扱ったものではないが,軍事的緊張を生む諸要因を整理し「戦争の現在」を見つめ直す助けとなるはずだ。
第1章「迫る脅威 揺らぐ協調」では,現実的脅威となっている新たな兵器や軍事戦略に焦点を当てた。今回ロシアが初めて使用したと伝えられる極超音速兵器や(「極超音速ミサイル 無益な開発競争」),敵国の人工衛星を攻撃するハイテク戦(「宇宙戦争を阻止せよ 高まる衛星間攻撃の緊張」),迎撃ミサイルの高度化(「核ミサイル防衛 米国の幻想」),高度に自動化したロボット兵器(「完全自律型兵器」)などだ。こうした先端技術兵器は確かに脅威ではあるが,これらの記事からはもっと重要な点が見えてくる。最も危険なのは兵器そのものというよりも,仮想敵に対抗しようとする果てしのない軍拡競争であることに気づかされる。
今回のウクライナ侵攻に伴い核兵器や生物兵器のリスクが改めて浮上した。「局地核戦争でも人類は滅亡」,「炭疽菌兵器の恐怖」,「枯葉剤 エージェントオレンジの霧」はそうした兵器の不合理を強調している。「北極海争奪戦」と「にらみ合いの行方」は北極をめぐって表面化した利害対立の構図を解説している。
第2章「拡大するサイバー攻撃」では,現代的な情報戦のリスクを考える。軍事行動に直接影響する「GPSハッキングの脅威」のほか,人工知能(AI)による巧妙なフェイク動画やコンピューター社会の基盤を破壊しようとするマルウエア攻撃,それらへの対抗策を幅広く取り上げた。
第3章「苦悩する世界」では,戦争が一般人にもたらす心の傷などの悲劇を過去の例にさかのぼって考察した。「戦争は人間の本能か」は戦争の原因を人類学の視点から考えた記事で,人はなぜ戦争を繰り返すのかという疑問に迫る。ちなみに,この記事のタイトルとなっている問いに対する著者自身の答えは「ノー」だ。
2022年4月
日経サイエンス編集部