日経サイエンス 

別冊202 光技術 その軌跡と挑戦

未来を照らす光への挑戦

加藤義章(光産業創成大学院大学学長・レーザー学会会長)

「世界光年2015」と2014年ノーベル賞

 光は我々の生活や産業,科学に不可欠の存在となっている。エネルギー,教育,農業,健康など多くの世界的な課題の解決に,光科学・光技術が担っている役割を認識し,2015年を「世界光ひかり年2015」(International Year of Light and Light-Based Technologies – IYL 2015)とすることが,2013年12 月30 日の国連総会で決議された。
 「世界光年2015」に先駆け,2014年のノーベル物理学賞とノーベル化学賞が,光技術の研究者に贈呈されることとなった。ノーベル物理学賞は,「明るくエネルギー消費の少ない白色光源を実現した高効率青色発光ダイオードの発明」に対し,赤﨑勇(名城大学),天野浩(名古屋大学),中村修二(カリフォルニア大学サンタバーバラ校)の3氏に贈呈されることが,スウェーデン王立科学アカデミーから10月7日に発表された。同アカデミーはこの発明を「世界を照らす新たな光」と述べ,「世界の電力の4分の1を消費している照明用電力を大幅に減らすことが可能となり,また,電気の供給を受けられない15億人の人に明かりを届けることが可能になった」と賛辞を送っている。多くの技術的な課題を克服して良質な窒化ガリウム単結晶の育成に成功し,さらに青色発光ダイオードおよび白色光源の実用化を実現した3氏の業績は,知的好奇心から出発した研究を大きな社会的ニーズに応える技術へと発展させた好例であるといえよう。天野浩先生の受賞は,研究現場で苦労している多くの研究者への励ましのメッセージともなろう。

 また,2014年ノーベル化学賞は,「超高解像度の蛍光顕微鏡の開発」に対し,ベツィヒ(E. Betzig,米ハワード・ヒューズ医学研究所),ヘル(S. W. Hell,独マックス・プランク研究所), モーナー(W. E. Moerner,米スタンフォード大学)の3氏に贈呈されると発表された。一般に,光は回折により広がるため波長より小さな構造の観察は困難であるが,超高解像度顕微鏡はその限界を打ち破り10nm台の分解能を実現した。これにより1分子の観察が可能になり,生命科学や医学の研究に新たな分野を切り開きつつある。

 

他の方法では実現できない「特別な」光

 光は電界および磁界の振動が空間を伝わる電磁波である。この波を制御すると,他の方法では得られない「特別な」波を創ることができる(CHAPTER1「新しい光を創る」)。電磁波の振動を正弦波で表すと,光の性質は波の周波数(あるいは波長=光速度/周波数),位相(波の山の空間位置),偏光(電界の振動方向),振幅,進行方向などで決められる。共振器内で光を増幅,発振させて生成されるレーザー光は周波数や位相が定まった光であるが,さらにその周波数を原子遷移の周波数と一致させると,周波数が確定した光波となる。周波数が確定した光波を「ものさし」として用いると,周波数,時間,長さなどを極めて精確に測定することが可能になる。例えば香取秀俊氏(東京大学/理化学研究所)の研究室では,17桁を超える安定性を有する光時計が実現され,重力の変化を周波数変化として測定できることが実証されたので,地球内殻の変化を光で検知する可能性などが生まれている。

 一方,モード同期発振で得られるレーザー光は,規則的な間隔をもつ多くの周波数の光波で構成されており,これを光の櫛(光コム)と呼ぶ。光コムの1つの周波数を確定すると他の光波の周波数も自動的に確定されるので,この方法を他の波長域に拡張するとマイクロ波からX線まで広帯域にわたる光のものさしができる。

 広帯域のレーザー媒質を用いたモード同期発振により,数サイクルパルスの光が得られる。最近は,軟X線域(波長10 nm台)の数サイクルパルスを生成し,アト秒(10-18秒)域での電子の運動の観測や制御が可能になってきている。パルス光のピーク出力は,光パルスのエネルギーをパルス幅で割った値として定義されるので,エネルギーが小さくてもパルス幅を短くするとピーク出力の高いレーザー光が生成される。さらに,超短パルス光を増幅する「チャープパルス増幅法」により,ピーク出力が1ペタ(1015)ワットを超えるレーザーが実現され,エクサ(1018)ワット級レーザーを目指す研究も現在進められている。高強度のレーザー場で電子やイオンを加速する「レーザー加速器」など,高出力超短パルスレーザーの,学術や産業,医療への利用が進められている。

 また,多くの研究者の長年の夢であったX線レーザーが,2009年にスタンフォード線形加速器センター(SLAC)で,次いで2011年に理化学研究所で実現された。X線レーザーを用いると,1オングストローム(0.1nm)程度の分解能で,タンパク質など複雑な物質の構造を解析できるので,新しい薬の開発などに不可欠の装置になるであろう。

 

「透明マント」は作れるか?

 光は空間的に広がった電磁波であるので,物質の屈折率や分散を制御したり,あるいは空間に規則的な構造を作ると,光の伝搬を大きく変化させることができる(CHAPTER2「光を自在に操る」)。

 子供の頃,透明人間にあこがれた人は多いだろう。40年あまり前にロシアの科学者が,負の屈折率をもつ物質を用いると光が奇妙な折れ曲がりをすることを予測した。この物質で作ったマントを着ると,光はそのマントを避けて通り,後ろにあるものが見えるようになるため,着た人が見えなくなる「透明マント」となる可能性がある。ペンドリー(John B. Pendry)は微細な構造体により負の屈折率を実現できることを示した。この特殊な構造体は疑似物質(メタマテリアル)と呼ばれ,マイクロ波域で実現され始めている。光域で実現するには波長程度の微細で複雑な構造体が必要で,まだ実現はされていない。

 しかし,周期的な人工構造をもつ「フォトニック結晶」は実現され,多様な新しい光デバイスの開発が進められている。フォトニック結晶は,透明な物質に多数の微細な穴を一定間隔で2次元あるいは3次元に開けた構造体である。野田進氏(京都大学)は増幅面に対し垂直方向に発振する面発光フォトニック結晶レーザーを実現し,極めて発散角が小さな高出力レーザーとして実用化が開始されている。

 

回折限界を超えるには

 顕微鏡を使うと,肉眼では見えない微細な構造が見えるようになり,予想もできなかった不思議な世界が現れる(CHAPTER3「光で極微の世界をとらえる」)。しかし,回折効果のため,光の波長程度が分解能の限界となる。回折限界を超えて微細な構造を見たり,あるいは微細構造を形成する様々な方法が,顕微鏡やリソグラフィーなどで研究されている。今年ノーベル化学賞が授与された超高解像度蛍光顕微鏡はその1つである。また,光の波長より小さなサイズの誘電体あるいは金属をプローブとし,そこに光の電界を集中させて回折限界を超える分解能を実現する近接場顕微鏡やプラズモニクス顕微鏡などが開発されている。

 一方,光学顕微鏡と異なる特徴を有する顕微鏡として,レーザー光で生成した電子を用い,高い空間分解能と高い時間分解能を同時に実現する新しいタイプの電子顕微鏡も開発されつつある。また,重い原子を見るにはX 線が適しているが,軽い原子の観測には中性子ビームが適している。わが国では高輝度X線源としてSPring-8が1999年に完成し,パルス中性子源としてJ-PARCが2008年から運用を開始している。

 光学顕微鏡から大型の天体望遠鏡まで,様々な光学装置が使用されている。これらの装置に使用されている光検出器の感度が向上すれば,極めて微弱な発光体を観測したり,あるいは計測時間を大幅に短縮できるなど,大きな波及効果がもたらされる。感度の極限は1個の光子を検出できるセンサーであり,光電面を有する光電子増倍管やアバランシェ増倍効果を備えた固体検出器などが用いられているが,新しい高感度センサーとして超伝導センサーも開発されつつある。

 

情報技術の革新と光

 現代は大量情報の時代であり,大量の情報を高速で送り,高速で取得し,迅速に解析し,有効に利用することがますますになってきている。マイクロチップの高度化によりマイクロプロセッサーの速度がますます速くなっているが,情報を送る配線の速度が遅いため,十分に性能を発揮できていない。このため,高速に情報を送ることができる光配線の必要性が増しており,光配線に用いる発光素子や受光素子などの開発が急ピッチで進められている。「光パソコン」の登場もそう遠くないかもしれない(CHAPTER4「光で創る新デバイス」)。

 緑色の半導体レーザーも最近実現されたので,液晶よりはるかに鮮明で輝度の高いディスプレイが実用化されることになろう。光はますます我々の身近な存在になりそうである。

 

 

著者

加藤義章(かとう・よしあき)

1965年東京大学工学部物理工学科卒業,70 年同大大学院博士課程を修了,工学博士。日本電子株式会社,トロント大学を経て,75年大阪大学工学部助教授,83年レーザー核融合研究センター教授。98 年日本原子力研究所。同関西研究所長,理事を経て2005年日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究部門長。07年光産業創成大学院大学教授,09 年現職。高分解能レーザー分光から超高出力レーザーまで,広範囲のレーザー研究を実施。最近は光による産業の革新に専念している。