日経サイエンス 

別冊日経サイエンス208 生命解読 分子生物学の30年

生命研究の潮流を読む

中西真人(産業技術総合研究所)

別冊日経サイエンス208『生命解読 分子生物学の30年』をお届けする。通常の別冊では,最新の話題を紹介することに重点を置き,収録される記事は比較的新しいものに限っていた。今回初めて,過去30年以上前までさかのぼって歴史的に重要な記事を選び,社会に大きな影響を与えてきた生命科学の流れを俯瞰できるユニークな別冊を編んだ。今ではバックナンバーを探すのが難しい記事も多く,新しい文字組みで読みやすくなった本書をぜひ楽しんでいただきたい。
この企画は,当初,「生命科学の30年」として始まった。しかし,幅広い領域を1冊にまとめるのはほとんど不可能に近く,今回は対象を主に分子生物学に絞ることになった。それでも候補となった記事は非常に多く,すべてを読んでこの分野を代表する16本の論文に絞り込む作業は,非常に大変ではあったが,楽しい作業でもあった。記事の選定にあたっては,学問的な重要性とともに,現代社会に及ぼした影響のインパクトも重視した。そのため,分子生物学と言いつつ,医療や創薬など何らかの点で「ヒト」に関係がある記事が中心となっているが,この点は編者の責任であり,お許しいただきたい。また,どうしても現在の状況を説明したほうが適当だと思われる情報だけは更新したが,できるだけ発表当時の雰囲気を残すように心がけた。

 

今から30年前,1980年代は分子生物学にとってどんな時代だったのだろうか。本書の読者だけではなく,多くの現役研究者にとっても想像がつかないだろうが,分子生物学の歴史は常に順風満帆であったわけではない。1973年にボイヤーとコーエンが組み換えDNA技術を開発した直後,この技術がもたらす未知の危険性を心配した全米科学アカデミーにより組み換え実験の一時停止が勧告され(1974年),しばらくの間,全世界で研究が停止した冬の時代もあったのだ。「遺伝子組み換えで有用タンパク質を作る」には,「ヒトの遺伝子を大腸菌でクローニングすることは禁止されていたのでマウスのインスリン遺伝子を使った」という当時の状況がうかがえる記述が出てくる。現在の「生物学的封じ込め」「物理的封じ込め」というルールは,この当時の科学者たちの自主規制の話し合いから生まれたものである。その後,NIH(米国立衛生研究所)の組み換えDNA実験指針(1976年)の制定を経て科学的なリスク評価が進み,1982年には,封じ込めルールを遵守すれば組み換えDNA実験のリスクは非常に低いという結論が出て,規制の緩和が進んだ。
実験科学にとって,実験技法や試薬の開発は,発展のために欠かせない。分子生物学の場合は,制限酵素などの核酸関連の酵素が必需品であったが,1970年の初めてのⅡ型制限酵素HindⅡの発見直後から,分子生物学用試薬メーカーの創業や新規参入が相次いだ。米国のNew England BioLab社(1974年)をはじめとして,現在の分子生物学を支えている試薬会社は,ほぼすべて1982年までに事業を開始している。さらに1982年には,分子生物学のバイブルとも言える「Molecular Cloning: A Laboratory Manual」という実験書が出版された。この本はもともと,コールドスプリング・ハーバー研究所で開かれた組み換えDNA技術講習会のテキストをもとにしたもので,それまで先端的な研究室の「秘術」とされてきた方法が惜しげもなく公開され,出版から2年で16万部というベストセラーとなった。そして,1982年10月には,世界で初めての遺伝子組み換え医薬品(組み換えヒト・インスリン,商品名Humulin)が米国で認可された。このように,1982年は,分子生物学にとっていろいろな意味で特別な年として記憶されることになる。今回の別冊では,基本的にこの時期以降の記事から重要なものを選び出した。

 

以下,掲載記事の内容と意義を簡単に紹介しよう。
「遺伝暗号」は,SCIENTIFIC AMECIAN1966年10月号に掲載された記事で,著者のクリックがノーベル生理学・医学賞を受賞してから4年後に執筆されたものである。ほぼ半世紀前の内容だが,分子生物学の原点という意味で今回の別冊に加えた。今では,生物学の教科書でも「常識」として簡単に触れられることが多い遺伝暗号が,実際にどうやって解読されたのか,この記事を読むと実感として理解できる。
「遺伝子組み換えで有用タンパク質を作る」は,大腸菌を使ったタンパク質生産系についての最初期の報告である。現在でも,低分子のサイトカイン・ホルモンなどのバイオ医薬品は,基本的に同じ原理で製造されている。文中で,「プラスミドの配列を1年以内に決定した」という話が出てくるが,今なら数時間である。昔は徒歩で14日かかった東京・大阪間が,飛行機なら1時間で着くのとほぼ同じ感覚だろうか。著者のギルバートは,核酸の塩基配列の決定法の開発で,1980年にノーベル化学賞を受賞している。
「モノクローナル抗体」は,今回の別冊で唯一,分子生物学の記事ではない。これを取り上げたのは,モノクローナル抗体という考え方と手法が,分子生物学で非常に重要な「クローニング(Cloning)」の概念の確立と実践につながるからだ。モノクローナル抗体の出現により,微量の標的分子の存在を検出し,大量に精製することが可能になった。タンパク質と核酸の違いはあっても,このイメージはそのまま遺伝子クローニングにも当てはまる。著者のミルシュタインは1984年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
「がんを引き起こす遺伝子」は,ヒトのがん遺伝子発見の物語である。腫瘍ウイルスの存在を最初に示したラウスの研究は,同じ研究所で野口英世が活躍していた頃の話で,その当時の常識ではなかなか理解されなかったのもやむを得なかっただろう。現在では,個々のがん遺伝子の変異に対応した分子標的抗がん剤が開発される時代になっているが,研究の原点はここにある。著者のビショップは,がん遺伝子の研究で1989年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
「がん抑制遺伝子」は前の記事の6年後,がん遺伝子仮説だけでは説明できないヒトのがんの病因について,大きなブレークスルーをもたらした研究である。現在では,乳がんの原因遺伝子BRCA1・BRCA2や,半数以上のがんで欠失や変異が見つかるp53など,20種類以上のがん抑制遺伝子が見つかっているが,RBは最初に発見された有名ながん抑制遺伝子である。著者のワインバーグは,最も有名なヒトのがん遺伝子「RAS」の発見者でもある。
「遺伝子を自動的に複製するPCR法の発見」は,この別冊の中で,個人的に一押しの楽しい記事だ。著者のマリスがPCR法を発見したきっかけは今や伝説となっているが,その秘密がこの記事では活き活きと再現されている(ジョークあり,スラングあり,意味不明の単語ありで,翻訳に苦労はしたけれど,楽しい経験だった)。その一端が訳文を通して伝われば幸いである。PCR法は簡単な原理ながら分子生物学に革命を起こした技術の1つであり,マリスは1993年にノーベル化学賞を受賞した。
「遺伝子のインプリンティング」は,現在,非常に注目を集めているエピジェネティクス(Epigenetics)に関する記事である。エピジェネティクスの研究が急速に進展したのは1990年代半ばのことで,当時の仮説にはその後否定されたものもいくつかある。がん抑制遺伝子として「Rd遺伝子」という名称が出てくるが,これはRB遺伝子の間違いではなく,正確にはRd遺伝子座という仮想の領域である。この記事は,夜明け直前のこの分野の研究の状況を知るよい手がかりとなっている。
「遺伝子ターゲティング」も,現代生物学の方法論を一変させた有名な研究である。カペッキの研究により,初めて個体レベルの遺伝子改変が実現し,遺伝子の高次機能研究やヒトの疾患のモデル動物の作製が大きく前進した。「近い将来,遺伝子をある種のスイッチの下に自由に操ることができるようになり」という話が出てくるが,その後,細菌ウイルスの組み換えタンパク質Creを使うことで,組織特異的な遺伝子破壊などの高度な遺伝子ターゲティング技術が実現している。著者のカペッキは,2007年にノーベル生理学・医学賞を受賞している。
「ヒトの抗体を作るトランスジェニックマウス」は,日本の研究者が執筆した記事である。非常に難しかった特殊なマウスの開発の道筋がドラマティックに紹介されていて,非常に読み応えがある。同時に,いろいろな運命や会社のビジネスの方針にも左右される,バイオテクノロジーの実用化の難しさについても考えさせられた。その後の進展に関しては著者の寄稿により新たに1ページを加えた。今回の別冊でも,特に注目したい記事である。
「“黄金狂時代”の分子生物学」は,バイオテクノロジー業界の話題で,ジャーナリストの著者は,アカデミアと産業界の関係についての問題を取り上げている。20年前の米国についての記事だが,今でも状況は大きく変わってはいない。最近,日本の研究費申請では,やたらに「○年後には実用化」「△年後には上市」などと,具体的な計画を押しつけられるが,日本の現状はこの記事よりも悪化しているかもしれない。
「遺伝子治療」は,この記事が出た1995年当時の大きなトピックであった。世界で初めての遺伝子治療の学会が日本で設立され,第1回の学術集会が行われたのもこの年であるが,今でも会場の熱気の凄さが思い出される。遺伝子治療はその後,当初期待されたような成果が出ず,逆に2000年前後に副作用死の報告が複数あったことから冬の時代に入った。しかし近年,海外では,遺伝子治療は実用化に向けて大きく踏み出している。この記事を通じて,日本でも,遺伝子治療に再び光が当たることを期待したい。
「囊胞性線維症」は,白人で非常に多い遺伝子疾患の原因遺伝子をめぐる記事である。囊胞性線維症の原因遺伝子は1989年に同定されたが,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因遺伝子の同定(1986年)やハンチントン病の原因遺伝子(1993年)と並び,タンパク質の情報がほとんど無いためにゲノム情報の側から原因を突き止めたこと,激しい競争の中で進められたことで有名である。Science誌に掲載された成功の報告は,冷静な中にも研究チームの感動が伝わってくる素晴らしい論文であった。
「テロメアとがん」は,染色体の末端にある構造「テロメア」の物語である。染色体の末端は,普通のDNA合成酵素では完全に複製できないことは知られていたが,その構造や複製の仕組みは長い間謎だった。テロメアは,脊椎動物では,細胞の寿命の決定や発がんに関わっていると考えられているが,まだその仕組みの全容は明らかになっておらず,今後の展開が期待される分野だ。著者のグライダーはブラックバーンの弟子であり,共に2009年のノーベル生理学・医学賞を受賞している。
「ビジネスが加速したゲノム解読」は,おそらく分子生物学史上,最も多くの予算をつぎ込んだ事業である「ヒトゲノムプロジェクト」についての記事だ。この記事以降の状況の変化としては,遺伝情報に関わる特許の審査が厳格になったことがあげられ,単なる配列情報や機能の推定だけでは特許性が認められず,配列情報と機能が解明され,さらに有用性を示す必要があるとされている(米国は少し違う基準である)。
「生命進化の陰のプログラム」は,最近,非常に研究が進んでいるRNAによる遺伝子の調節システムの話題だ。これまでのタンパク質中心の発想を覆す分子生物学の大きなトピックの1つで,現在進行形の研究の初期の研究がわかりやすくまとめられている。
最後の「ゲノム科学を変えるCRISPR」は,細菌が持つ感染因子防御システムを人工的に利用したゲノム改変技術についての話題だ。発表されてから3年も経っていない新しい技術だが,既に遺伝子ノックアウトマウスの作製に革命的な進化をもたらし,将来は遺伝子を修復する遺伝子治療への応用も期待されている。現代の最もホットな話題の1つである。

 

こうして時代を追って並べてみると,分子生物学の急速な進歩が実感できる。次の10年は何が起こるのか,できることならぜひその一端に参加して,世の中を変えてみたいものである。
2015年10月

著者

中西真人(なかにし・まひと)

国立研究開発法人産業技術総合研究所ヒト細胞医工学研究ラボ長および創薬基盤研究部門・総括研究主幹。理学博士。1983年大阪大学大学院理学研究科を修了。大阪大学細胞工学センター助手,大阪大学微生物病研究所助教授を経て,2001年より産業技術総合研究所に移り,2015年より現職。この間,1984年から88年まで日本学術振興会海外派遣特別研究員(テキサス大学ダラス健康科学センター),1993年から96年まで新技術事業団さきがけ研究21研究員を兼務。専門は分子生物学・細胞工学。RNAを使って細胞質で持続的に遺伝子発現を可能にする世界で唯一の技術を開発し,これを応用したiPS細胞作製技術の特許が日本と米国で登録された。2014年12月,ベンチャー企業「ときわバイオ株式会社」を設立,日本発の技術を使った安全な遺伝子治療や再生医療の実現を目指している。