日経サイエンス 

はじめに:別冊205 食の探究

日経サイエンス編集部

 別冊日経サイエンス205『食の探究』では,科学とテクノロジーの側面から食物と食糧生産の話題を広く取り上げる。

 

 Chapter1味覚とダイエットの冒頭,「味な感覚」は,味覚に関する近年のトピックスを紹介する。なじみのない味をどのようにして受け入れていくのか,視覚や触覚の刺激が味覚に与える影響など,身近な話題として興味深い。「食欲の暴走」では人間が脂肪と糖分に魅了される理由を脳の仕組みから解明する。「どっちで太る? カロリーか炭水化物か」「間違いだらけのカロリー計算」は健康とダイエットに直結するテーマを扱う。消化が複雑な機構であることを知ると,カロリー説と炭水化物説(ホルモン説)の科学的な検証が困難な理由も納得がいくかもしれない。

 

 Chapter2 おいしさのサイエンスでは,生物学や化学,物理学など多方面から食品のおいしさの背景を探る。珍味としてグルメを喜ばせているトリュフは菌類の一種だが,実はこのトリュフの仲間が森の生態系を支えていることはあまり知られていない(「知られざるトリュフの世界」)。「科学で味わうコーヒーの魅力」では,人々を魅了するコーヒーの味と香りの秘密を化学的に解明する。シャンパンの美しい泡はどのようにして生まれるのか。「シャンパンの科学」は意外な種明かしが楽しめる読み物だ。

 

 後半の2つの章では食糧生産にかかわるテーマを取り上げる。

 

 Chapter3 食糧供給の課題は人口増と環境の変化に対応するためのアイデアを扱う。「人口70億人時代の食糧戦略」では逼迫する食糧問題の解決策として,収穫力の低い農地の生産性向上,肥料と水の使用の効率化,1人当たりの食肉消費量を減らすなど,5つの解決策を提案する。持続可能なタンパク源として養殖魚こそが食糧危機を救うとする「水産革命 200海里の生け簀」。沖合養殖とともに環境に配慮した沿岸での養殖も考察する。土壌中の微生物を活用する農法は,肥料や農薬の使用量を減らし,環境に配慮した取り組みとして注目されている(「アグリバイオーム 微生物が作物を育む」)。

 

 最後に紹介するのは作物の病気や収穫量減少にかかわる問題だ。その背景には複雑な環境要因がある(Chapter4農作物クライシス)。米国で深刻な被害をもたらしているオレンジグリーニング病は,ミカンキジラミという昆虫が広める細菌が原因とされる(「オレンジを襲うグリーニング病」)。日本でも九州南部で発生が確認されたが,防除の努力よって拡大が食い止められている。チョコレートの原料となるカカオ豆を収穫するカカオの木も病害虫や気候変動の危機にさらされている(「チョコレートの木を救う」)。カカオの木の栽培農家や生産工程にかかわる人々の多くは熱帯地域に暮らしており,この問題は貧困とも強く結びついている。「はびこる農薬耐性雑草」では,先端技術を駆使して作り出す除草剤と耐性を獲得したスーパー雑草の果てしなき闘いを描く。ミツバチの原因不明の大量失踪として2006年に報告された蜂群崩壊症候群。10年を経た現在も主因は特定されていないが,ハチの生息環境の改善によって解決の道が開けつつある(「蜂群崩壊から農業を救え」)。

 

 本書は月刊誌「日経サイエンス」に掲載された記事で編纂した。記事中の登場人物や著者の肩書きは特にことわりがない限り初出当時のものとした。

2015年4月
日経サイエンス編集部

 

 

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