
2013年の日本の猛暑や埼玉県越谷市の竜巻,大島町でのがけ崩れ,海外では,フィリピンを襲った強大な台風など極端な気象現象が,最近も引き続いて起きている。これらの現象を体験したりニュースを聞いたりすると,「気候がすでに変化し始めているのではないか」という懸念を持つ人も多いことであろう。事実,2013年9月に,IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第一作業部会の報告書が公開された。改めて,「人間活動によって気候が変化していくことの確からしさが増した」という報告がなされている。
一方,地球温暖化問題に対する取り組みは,困難に直面しているように思われる。2012年に京都議定書の第1約束期間が終了したが,期間終了後の国際的な枠組み作りに向けて各国の交渉が続けられているものの,具体的な成果が得られない状況である。世界的な経済環境は,リーマンショックや,アイルランドやギリシャなどの財政破綻,また,日本のデフレ脱却などの問題が山積し,好調とはとても言い難い。さらに,格差の増大などの社会的な問題が大きな関心を集めるなかで,雇用の確保,分配の公平性や社会保障に対する配慮を求める圧力も高まってきている。一方,エネルギー供給の観点では,再生可能エネルギーの割合を増やすべく努力が続けられているが,アメリカでのシェールガスの登場や,東日本大震災に伴う原子力発電所の事故による原子力エネルギーの見直しの機運の増大など,依然として将来は不透明である。
このような状況を受けて,地球温暖化に対する関心が最近は薄れてきたことを懸念する声が強くなっている。日本では,相変わらず,地球温暖化対策をコストと捉える考え方が強く,経済活動を阻害しない範囲内での地球温暖化対策を望む声が強い。それと呼応して,地球温暖化予測やその影響の推定に関する不確実さをあげつらう声も止まらない。
確かに,地球の気候は一定ではない。地球史的な観点に立てば,地球は温暖な気候と寒冷な気候の間を変動しているといってよい。温暖な気候の代表例は,恐竜が跋扈していた白亜紀であり,寒冷な気候の代表例は,氷河期である。このような過去の気候変動のメカニズムを解明することは,温室効果気体の増加に伴う将来の気候変動を考えるうえで十分に役に立つことと思われ,精力的に研究が進められている。ここで強調しておきたいのは,地球の気候の歴史を考えるうえにおいて,大気中の温室効果気体による温室効果が重要な役割を果たしてきたことである。「暗い太陽のパラドックス」(6ページの注1)や,「全球凍結からの回復」(注2)などのテーマにとっては,温室効果が重要な要素となっている。さらに,過去の気候の再現は,近年の学問の進展によって,より詳細なデータが得られるようになってきた。なかでも興味が持たれるのは,約5600万年前に,数千年の間に気温が5℃程度上昇したとする「暁新世/始新世温暖化極大期(PETM)」に関する知見である。この当時の温室効果気体の大気中への放出が,現在の1/10程度しかなかったということがわかってきた。この事実を真摯に受け止めれば,現在の状況が深刻な状態であることは理解されるであろう。
毎年毎年,新しい現象が観測されているので,現在の地球の気候がどうなっているかを知ることが重要である。地球は,熱帯域を加熱域とし,極域を冷却域とする熱機関と考えられる。そうすると,熱帯域や極域,そしてそれらを結ぶ地球規模の循環に変化が起きることになる。熱帯域では,降水分布が変化していくとされる。一方,極域でも大きな変化が起きている。特に,北極域での海氷の融解は,資源や北極航路の可能性により経済界は沸いているが,極域での気候の変動は中緯度の気象に大きな影響を与えるので注意を払う必要がある。さらに,最近の日本やアメリカの寒い冬の存在は,温暖化とは「徐々に気温が上昇する」という穏やかな気候の変化が起きるのではなく,激しく変動する気候の変化が起きるであろうことを示唆している。
とはいえ,「地球の気候システムに関する我々の知見は十分なのであろうか?」という疑問がついてまわる。確かに我々の地球に関する知見は限られていることは事実である。このような中で,注目すべきは,凍土の融解に伴うメタンの放出である。メタンは,二酸化炭素(CO2)に比べて25倍程度の強い温室効果を持っているがために,メタンが大量に放出されれば,温暖化が加速されることは間違いはないであろう。さらに関心が持たれているのは,海洋底の下のメタンハイドレートからのメタンの放出が起きることである。このメタンハイドレートは新たなエネルギー源とも考えられており,将来,どのようになるかは不確定な要素が多い。次に,関心が寄せられているのは,太陽活動の変化と地球に降り注ぐ宇宙線の持つ効果である。太陽エネルギーの変動に伴う直接の影響は小さいと考えられ,気候への影響は,主として雲の効果を通して実現するのではないか,との仮説が提出されている。しかし,多くの研究によると,この可能性は少ないように思われる。
さて,地球の温暖化に伴いどのような影響が出てくるのであろうか? 地球の表面の7割は海洋が占めており,熱容量の観点から見ても,気候に対する影響は大きいと考えられる。特に,大西洋西岸を北上するメキシコ湾流がどうなるかは,ヨーロッパの気候変動を大きく左右する。この意味で,海洋の大循環が変化するのか否かが大きな関心を呼んでいる。もう1つの新しい問題は,海洋の酸性化である。現在の海洋は,弱いアルカリ性であるが,大気中にCO2 が増加すると,このCO2 が海洋中に溶け込んでいくので,海洋が徐々に酸性化することになる。こうした変化が急激に起きるとすると,生態系に大きな影響が及ぶと懸念されている。次に,懸念されているのは,グリーンランドや南極大陸上にある大規模な氷床の融解である。氷床の融解は,静止している氷床が,気温が上昇して暖かくなりゆっくりと解け出すという静的な過程ではなく,氷が割れたり,氷床が流れ出したりするなどの動的な過程を経て解け出してゆくことが明らかになりつつある。今後とも注意を払う必要があろう。
このような気候変動は,人々の生活に大きな影響を与えることになる。とりわけ,海面上昇による島嶼国や沿岸地域の標高の低い地域に住む住民に対する影響と,台風や集中豪雨,洪水,そして,長期間に及ぶ干ばつの影響が懸念される。いずれも,インフラが整備されている先進国と,インフラが未整備の発展途上国では,同じ異常気象でも社会に与える影響は大きく異なることに留意する必要がある。いずれにせよ,これらの影響を受けて,気候変動難民が増加することになる。これにどう対処するかは,全世界に向けて投げかけられた問題である。
地球温暖化に対する対策としては,排出の削減を目指す緩和策が遅々として進まない。特に,発展途上国と先進国との対立は深刻であり,とても,「すべての国が参加する」国際的な枠組みが簡単にできるとは思われない。そのようなときに,「何も打つ手はないのか?」「プランB(代替案)を考えておくべきだ」という声が強くなってきた。その代表例が地球工学(ジオエンジニアリング)である。大気中のCO2を回収することや,成層圏にエアロゾルを散布するなど様々な技術が開発・検討されている。しかしながら,「これらの技術があるからもう安心」と気を抜いてはいけない。予想もされない副作用があるかもしれないからである。慎重に見守っていく必要がある。
一方,エネルギー面で,再生エネルギーですべての生活がまかなえれば,問題は解決する。その候補は,言うまでもなく太陽エネルギーの利用である。絶対量としては,現在の人間活動を維持するに十分な量の太陽エネルギーが地球に降り注いでいる。ただ,太陽エネルギーは広く薄く分布するので,集めるのにコストがかかり,採算に乗らないというのが問題なのである。しかし,これは技術的に克服できるという意見もある。この点での挑戦が繰り返されている。
地球温暖化に関する新たな知見は続々と生み出されているが,現状のような人間活動を継続してゆけば,今世紀後半には,世界中でいろいろな影響が出てくる可能性は,さらに強まっているといえよう。できる限り現在の「快適な生活」を維持し続けたいと願うのは人情であるが,同時に,地球という惑星が持つ環境容量について冷静な判断を持つことが必要であろう。地球の環境容量に配慮し,人類社会が持続的に存在できるような社会経済システムを構築することが我々の責務なのである。究極のところは,我々の生き方,価値観を変化させる必要があろう。
この別冊では,最近明らかになってきた地球温暖化に関する事実や科学的知見を整理し,提示してある。積み重ねられた「不都合な真実」を眺めて,改めて,我々の社会の在り方を問うことは意義があることに思う。
[注1] 太陽の進化モデルによれば,地球ができたころ(約46億年前)には,太陽の明るさは,現在の明るさの70%しかなく,今日にいたるまで徐々に明るさが増してきたとされる。ところが,地質学データによれば,38億年前に海洋が存在し,限られた時代を除いて地球全体が大規模な氷床で覆われたことはなかった。この両者の矛盾を
「暗い太陽のパラドックス」と呼ぶ。
[注2] 地球の歴史の中で,地球全体が凍結したような寒い気候状態のことをさす。氷の面は反射率が高いので,一度,この状態になると暖かい気候に戻れないと考えられるが,火山などから排出される温室効果気体により暖かい気候に戻るという仮説。
著者
住 明正(すみ・あきまさ)
国立環境研究所理事長,東京大学サステイナビリティ学連携研究機構 客員教授。専門は気象学,気象力学。1948 年岐阜県生まれ。1971年 東京大学理学部物理学科卒業,1973年同大学院理学系研究科修士 課程修了。気象庁東京管区気象台調査課,気象庁予報部電子計算室, ハワイ大気象学教室助手,気象庁予報部電子計算室,東京大学理学 部地球物理学教室助教授,東京大学気候システム研究センター教授, 同気候システム研究センター長を経て,2005年東京大学サステイナビ リティ学連携研究機構地球持続戦略研究イニシアティブ統括ディレク ターを兼任,2006 年東京大学サステイナビリティ学連携研究機構・教 授。2012年国立環境研究所理事,2013年より理事長。『気候変動が わかる気象学』(NTT出版,2008 年),『岩波講座 計算科学5 計算 と地球環境』(共著,岩波書店,2012年)など多数の著書がある。