日経サイエンス 

別冊194 人類の起源と拡散

各章のまえがき

篠田謙一(国立科学博物館)

CHAPTER 1 化石でたどるホモ・サピエンスへの道

  DAVID BRILL

 人類進化の直接的な証拠である化石の研究は20世紀の末までに,4百万年前頃まで遡るアウストラロピテクスの存在と,その系統や多様性などについての知識を蓄積してきた。一方,DNAや化石の証拠から,チンパンジーと人類の系統が分岐したのは700万年前頃と考えられており,今世紀になって,分岐からアウストラロピテクスの成立までの,初期の猿人の姿を追求する研究が進んでいる。「人類の起源 崩れる祖先像」ではそうした初期の猿人の研究が紹介されている。また,21世紀になって発見された人類につながる化石は,前世紀までに積み上げてきた人類進化の姿に再考を促している。「猿人ルーシーの子ども」は二足歩行の獲得について,「セディバ猿人の衝撃」はホモ属の祖先について,そして「フロレス原人の謎」はアジアにおける原人の進化について,まだ解決しなければならない多くの課題があることを報告している。更に,2010年に発表されたネアンデルタール人ゲノム解析の結果は,ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の一部の混血を認めることになったが,その前後に発表された2つの論文「ネアンデルタールのたそがれ」と「ネアンデルタール人は賢かった」の内容はそのような学説の変化を反映したものになっている。

 

 

CHAPTER2 DNAでさぐるホモ・サピエンスの旅

  WIDE DAVIS

 ヒトゲノム解析の驚異的な進展によって,現在ではDNA分析を用いた現生人類(ホモ・サピエンス)の起源と拡散についての多くの研究が行われるようになっている。「ゲノムが語る人類の拡散」では,ミトコンドリアDNAとY染色体DNAの系統解析から導かれたホモ・サピエンスの拡散の様子が解説されている。また,「創始や変異でたどる人類の足跡」ではゲノム中にある様々な疾患遺伝子から人類の移動の歴史を再現する方法が紹介されている。「混血で勝ち残った人類」は,ネアンデルタール人やデニソワ人のゲノム解析がもたらした,人類の拡散についてのセオリーの変更を説明している。
 DNA研究が明らかにした人類の移動のシナリオは,考古学的な研究によって得られた知見の解釈にも大きな影響を与えている。「祖先はアフリカ南端で生き延びた」はアフリカのホモ・サピエンスに起きたボトルネックを意識しているし,「アジアから新大陸に渡った最初の人々」もDNA研究が示した新大陸に最初に足を踏み入れた人々の旅路を考古学的に検証するものになっている。
 DNA研究が明らかにした,ホモ・サピエンスのごく一部の集団が6万年ほど前にアフリカから世界に進出したという事実は,全ての文化は同じ才能を起源として生まれたということを明らかにした。そのことを踏まえると「最後の人たち」が報告している文化の消滅がいかに重要な意味を持っているかが納得できるだろう。また,この章の最後にはDNA分析が明らかにした日本人の起源を紹介する対談を収録した。

 

CHAPTER3 ヒトの独自性を探る

 VIKTOR DEAK

 「ヒトをヒトたらしめているものは何か」という問いには,かつては宗教や哲学が答えを用意した。しかし,ダーウィンの進化論以来,それが自然科学の研究対象でもあることが明らかとなり,今日に至るまで様々な研究が行われている。「創造する人類」では,最新の考古学的な研究から導かれたホモ・サピエンスの創造性の進展が紹介されている。「DNAに見えた人間の証」はチンパンジーとヒトのゲノム解析からこの問題に迫る論文で,遺伝情報の再編成や欠失・重複が両者の知性の違いを生み出したことを示唆している。「知性の起源」では認知神経科学の分野から,人間の能が持つ独自性を明らかにし,これまでほとんど手をつけることのできなかった知性の起源や進化について考察する手がかりを紹介している。これらの論考は,近年のゲノム科学や脳科学の発展によって,新たに考察が可能になった分野といえるだろう。一方,「なぜヒトだけが無毛になったのか」と「祖父母がもたらした社会の進化」は,化石証拠から導かれた人類進化の道筋をベースに,ヒトの形質や社会構造について考察する,いわばトラディショナルな研究である。

著者

篠田謙一(しのだ・けんいち)

国立科学博物館人類研究部・人類史研究グループ長。博士(医学)。 1955年静岡県生まれ。京都大学理学部卒業。佐賀医科大学助教授, 国立科学博物館人類第一研究室長を経て2009 年より現職。専門は 分子人類学で,日本や中国,台湾,ベトナムなどアジア各地の古人骨の DNA解析から日本人の起源を追求している。また,南米アンデス先住 民のDNA解析から,その系統と社会構造について研究している。著書 に『日本人になった祖先たち』(NHKブックス,2007年),『インカ帝国─ 研究のフロンティア』(島田泉と共編著,東海大学出版会,2012年)など。