
夜空を横切る淡い光の帯は古来,「天の川」「銀河」と呼ばれ親しまれてきた。年間を通して眺めることができるが,天の川の“ 川幅” が広く,最も明るい部分がよく見えるのが夏だ。俳句では天の川は初秋(8月)の季語になっている。天の川が巨大な円盤状の星の集まりで,太陽系がその銀河円盤の中に含まれていることがわかったのは18世紀。この大規模な星の集団を「天の川銀河」「銀河系」という。
以来,様々な望遠鏡や後には人工衛星も用いて天の川銀河の星々が観測されてきたが,20世紀も末になるまで大きな謎があった。よく知られるように太陽は8つの惑星を持っている。太陽は天の川銀河の恒星の中でも一般的なタイプなので,他の恒星にも惑星を持つものが存在しても不思議はない。太陽以外の恒星を周回する惑星は「太陽系外惑星」「系外惑星」と呼ばれる。だがその検出は非常に難しく,探索に取り組む天文学者はごく少数で,どんな系外惑星がどれほど存在するのかまったくわかっていなかった。
ところが1995年,最初の系外惑星が発見されると,堰を切ったように続々と見つかり始めた。系外惑星の中には地球と同様,水が液体の形で保持されている可能性がある岩石惑星もあり,そこには生命がいるかもしれない。本書『系外惑星と銀河』では,今や天文学の中で最もホットな分野の1つとなった系外惑星の研究最前線を紹介する。系外惑星の母体となる天の川銀河の星々,さらには天の川銀河そのものについて,近年の研究で明らかになってきた知られざる側面にも光を当てた。
最初に見つかった系外惑星は木星のような巨大ガス惑星で,恒星の非常に近くを周回することから「ホットジュピター」と呼ばれた。以降,続々と発見されたのも皆このタイプだったが,2000年代半ばすぎになって,地球の数倍の質量を持つ岩石惑星がぽつぽつ見つかり始めた。それらは「スーパーアース」と呼ばれ,岩石が主成分の惑星のほか,質量の大半が水で占められるものもあるようだ。第1章「惑星系と生命」の「スーパーアース 別の太陽を回る地球」(6ページ)によると,スーパーアースは地球より質量が大きい分,天然の放射性物質も多く含まれ,それらが崩壊することで大量の熱が生みだされるので,マントルの対流が激しく,地表での火山噴火などの活動がかなり活発だと考えられる。ガスも大気中に大量に供給されるので,生命が生息しやすい環境になっているようだ。
太陽は単独の星だが,天の川銀河においては連星もありふれた存在だ。そして連星の周囲を周回する「周連星惑星」がいくつも発見された。『スター・ウォーズ』のルーク・スカイウォーカーの故郷,惑星「タトゥイーン」のような「2つの太陽を持つ世界」(16ページ)だ。連星の周囲は力学的に非常に不安定な領域なので惑星は形成されないだろうとの見方もあったが,天の川銀河だけでも数千万個の周連星惑星が存在するとの試算もある。太陽系の惑星が衛星を持つように系外惑星にも衛星が存在する可能性があり,「エクソムーン 系外衛星を探せ」(26ページ)でその探査の最前線を紹介する。生命に適した環境として宇宙で最も一般的な場所は惑星ではなく,実は巨大ガス惑星を周回する大型の衛星なのかもしれない。
かつては系外惑星が発見されたとしても,その大気を調べることなど夢物語だと考えられていた。主星が明るすぎるので,そのすぐ近くにある小さくて暗い惑星の直接観測は困難だと思われたからだ。ところが実際に系外惑星が多数発見され,観測研究が進んだ結果,系外惑星が主星の裏側を通過する際に起こるスペクトル(波長ごとの明るさを表すグラフ)の変化から,系外惑星の大気組成の手がかりが得られる可能性があることがわかってきた。「系外惑星の空」(34ページ)によると,すでに系外惑星の大気中に存在する原子や分子の検出が試みられている。オゾンなど地球外生命が存在する証拠となる分子の探索はまだだが,それも近い将来,実現しそうだ。
惑星表面の色合いも生命探査の手がかりになる。惑星に陸が多く植物が繁茂していたら,惑星の色は植物が存在しない場合と比べて微妙に違ってくる。「赤,青,黒… 異星の植物は何色か」(42ページ)で議論しているのは青みがかった植物や,黒っぽい植物が支配する不思議な世界だ。もし系外惑星に知的生命体がいれば,地球と同様,人為的に発信されたと思われる信号を発している可能性が高い。もっとも「ETの信号をつかんだら」(52ページ)によれば,地球外知的生命体(ET)からの信号をキャッチできたとしても,それを解読するのは難しそうだ。
第2章「星の誕生と死」は系外惑星の母体となる天の川銀河の星々の話題だ。まずは「星誕生のドラマを探る」(60ページ)で星形成に関する研究の現状を紹介する。「星団の生い立ち」(70ページ)で光を当てるのは星団の形成と進化。夜空に輝く「すばる」は「プレアデス星団」とも呼ばれ,オリオン大星雲の中心にも,4つの非常に明るい星を主要メンバーとする星団がある。星団には数十個の星しかないものもあれば,数百万に上る星が密集したものまで実に様々だ。誕生からわずか数百万年しかたっていない若い集団もあるし,宇宙黎明期にまで遡れるような古いものもある。なぜこのような多彩な姿の星団が存在しているのか,その謎が解き明かされてきた。
個々の星について,その様々な特性のほか,星の進化のプロセスを研究する上でベースとなるのが「ヘルツシュプルング・ラッセル図」(HR図)だ。星の色(温度)と星の明るさの関係をグラフにしたもので,いわば「星の周期表」(78ページ)だ。約100年前に考案され,今なお天文学の重要な研究ツールとして使われている。太陽はHR図の中ほどに1つの点として表示されている。太陽系の周囲を見回しても他に恒星は見当たらず,太陽はひとりぼっちのように見えるが,「太陽の兄弟星を探して」(84ページ)によれば,太陽系が生まれた頃,状況は今とはかなり違っていたようだ。原始地球から見た夜空は,月を小さくしたような明るい天体がいくつも輝いていたと考えられる。それらは太陽とほぼ同時期,太陽のすぐ近くで誕生した“ 兄弟星” で,その数,1000個余りと考えられている。約50億年の時が過ぎるうちに,広大な天の川銀河の中に散ってしまったようだ。天の川銀河の中には惑星と恒星の中間的な天体も存在する。「謎に満ちた褐色矮星の起源」(94ページ)で詳しく紹介する。褐色矮星は形成の初期段階では恒星と同様の道をたどったが,何らかの理由で成長が途中で阻まれた。褐色矮星を研究することで,恒星と惑星の形成に関する理解が進むとみられている。
星の最期に関する研究は進展が著しい。星は非常に安定しており,爆発を起こすより静かに最期を迎える場合が多い。それなのに,なぜ一部の星は爆発を起こして超新星になるのか? 「超新星爆発はこう起きる」(104ページ)でその有力な理論モデルを紹介する。また近年,従来観測されてきた超新星よりもはるかにまばゆく輝き,しかも輝きが長期間持続する「極超新星」(114ページ)の存在が明らかになってきた。超大質量星の中心で粒子と反粒子の対生成が起き,それが引き金となって爆発的な核反応が生じ,極超新星爆発になるとのシナリオが考えられている。
第3章「天の川銀河の謎」のテーマは天の川銀河そのものだ。天の川銀河は星々の集団が何百も寄り集まって形成され,その過程は現在も続いている。小さな銀河や星団が天の川銀河に近寄りすぎると,天の川銀河は重力によってそれらを引き裂き,細長い星の列「スターストリーム」に変えてしまう。「スターストリーム 天の川がのみ込んだ小銀河の痕跡」(122ページ)で詳しく紹介する。「銀河進化を探る旅」(138ページ)では,小さな銀河をのみ込んで成長し続ける天の川銀河の進化を観測研究から明らかにしようと取り組む若手研究者にスポットを当てた。
スターストリームは銀河を包み込む謎の「暗黒物質」を探る有力手段でもある。スターストリームの形は暗黒物質の量や空間分布に大きく影響されるからだ。さらに「うねる銀河系 暗黒物質の知られざる働き」(130ページ)によれば,差し渡しが10万光年もある天の川銀河の銀河円盤が,ハンマーで叩かれたゴングのように振動しており,そのハンマー役を果たしているのが暗黒物質のようだ。
この別冊は月刊誌「日経サイエンス」に掲載された記事を再録,編さんした。記事中の登場人物や著者の肩書きなどは特にことわりがない限り本誌初出時のものとしたが,訳者や監修者などについては最新のものに改めた。
2014年8月
日経サイエンス編集部