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別冊175  宇宙大航海

別冊175 あとがき

中島林彦

 

 小惑星探査機「はやぶさ」の旅は文字通りの大冒険でした。「はやぶさ」元サイエンスマネージャの藤原顕先生は宇宙航空研究開発機構(JAXA)のサイトに次のような文章を寄せています。「この大冒険は(「はやぶさ」を)日夜支えてきたチャレンジ精神あふれるチームメンバーが一丸となって,あたかも強い意志を持ったひとつの“はやぶさ生命体”のようにして動いてきたからこそなしえたものです」(抜粋)。川口淳一郎先生の記事は,満身創痍になりながら,渾身の力を振り絞って使命を果たした“はやぶさ生命体”の物語です。

 「はやぶさ」が地球に帰還した2010年6月13日,JAXA相模原キャンパスにある管制室の模様がネット中継されました。午後10時半前,「はやぶさ」が地平線の向こうに沈んで管制が終わり,管制室は拍手に包まれました。その後,スタッフの方々が去り,入れ替わりに登場したのが「イカロス」の管制メンバーでした。「はやぶさ」と「イカロス」は人的な交流も含め強い結びつきがあります。

 「はやぶさ」が帰還し,カンガルー望遠鏡が建設されたオーストラリアのウーメラは荒野の中にポツンとある本当に静かな小さな町です。宇宙ヨットのアイデアが広く知られるきっかけになったアーサー・C・クラークのSF短編『太陽からの風』では宇宙ヨットレースに参加する一隻として「ウーメラ号」が登場します。

 2010年2月23日,東京大学数物連携宇宙研究機構の記念式典は東大オーケストラによるアイネクライネナハトムジークの生演奏で始まりました。いつもカジュアルな服装の村山斉先生(143ページ)も,この日は背広姿でした。

 同年3月30日,史上最強の加速器LHCの7TeV実験開始の際,2つの陽子ビームの距離を示す数値が刻々とゼロに近づく様子がネットで中継され,時をおかずに初のデータがウェブ上に紹介されました。近い将来,大発見が期待されています。神岡鉱山にある装置は重力波天文台CLIOやスーパーカミオカンデ,エックスマス,カムランドなど世界のどこにもないフォルムのものが多く,文字通りの「現代アート」。こちらも実験結果が楽しみです。

 

 国立天文台乗鞍コロナ観測所が建つ摩利支天岳の「摩利支天」は陽炎を神格化した神様。黒い太陽から立ち上るコロナと通じます。観測所の60年史を読むと,「大過なく60年を過ごせたのは,そのご加護ではないか」と複数の寄稿者の方がつづっています。

 

2010年10月

日経サイエンス編集長 中島林彦

 

 

 

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