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量子暗号は三度“発明”された

古田彩(日本経済新聞科学技術部)

「加速器の中を走る粒子を使ったら、どんな通信ができるだろう?」

 

物理法則で通信の秘密を守る「量子暗号」は1970年,加速器を使った実験に携わっていたコロンビア大学の大学院生ウィーズナー(Stephen Wiesner)が,こんな風に考え始めたことに端を発する。彼は当初、後にスーパーデンス・コーディングと呼ばれることになる超高密度通信の可能性を検討するが,当初lはうまくいかず(後に成功する),その理由を考えるうちに,偽造不可能な「量子マネー」の発想に至った。ウィーズナーはこのアイデアを論文にまとめたが,学術誌には掲載を却下され,指導教授にも酷評された。

 

関心を持ったのは友人のベネット(Charles H. Bennett)だけだった。ベネットはそのアイデアを何年も忘れずに考え続け、十数年後,暗号の研究者ブラッサード(Giles Brassard)とともに,この量子マネーを財布に入れる代わりに通信相手に送ることを思いつく。これが「BB84」として知られる初の量子暗号につながっていく。その数年後,数学パズルが好きだったポーランドの大学生エカート(Artur Ekert)が,アインシュタイン,ポドルスキー,ローゼンが書いた有名な量子もつれに関する論文を読んでいて、ある一節に目を止め,新たな量子暗号を思いつくことになる──

 

今や電子投票などにも使われるようになった量子暗号。その発想はどこから生まれ、どのように発展してきたのか。創始者たちの思考の軌跡をたどる。

 

 

収載:別冊日経サイエンス161「不思議な量子をあやつる」

著者

古田彩(ふるた・あや)

日本経済新聞科学技術部記者。現在は医療分野を担当。2004年3月から1年間,本誌の編集部員を務めた。2001年の夏休みに量子コンピュータの発明者ドイチュのもとに“押しかけ取材”を敢行し,本人によると,それ以来「良好な状態」が時間発展している。量子情報科学分野のトピックにあまりに熱心なことから,同僚の間では「どこかの並行宇宙でドイチュに恋しているに違いない」と解釈されている。

原題名

書き下ろし

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