別冊161

不思議な量子をあやつる
量子情報科学への招待

日経サイエンス編集部 編

2008年5月15日 A4変型判 27.6cm×20.6cm 144ページ ISBN978-4-532-51161-6

定価2,090円(10%税込)

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ミクロの世界では超常識の現象が起こる。テレポーテーションはその1つ。膨大な数の原子が軍隊行進のように,まったく同じ振る舞いをするような現象も起こる。量子コンピューターや量子暗号など不思議な量子の現象を利用する「量子情報科学」の研究が進んでいる。

日経サイエンス編集部 編

目次

 

まえがき

 

第1章 不思議な量子

量子情報科学とは何か  M. A. ニールセン
エヴェレットの多世界  P. バーン
量子テレポーテーション  A. ザイリンガー
やっぱり神はサイコロを振らない?  G. マッサー
やってみよう! “量子消しゴム”実験  R. ヒルマー/P. クワイアット

 

第2章 量子コンピューターへの道

多世界から生まれた計算機  古田彩
スピントロニクス 電子技術を飛躍させる新戦略

  D. D. オーシャロム/M. E. フラッテ/N. サマース

ダイヤモンドで実現するスピントロニクス

  D. D. オーシャロム/R. エプスタイン/R. ハンソン

トポロジカル量子コンピューター  G. P. コリンズ

 

第3章 量子暗号をつくる

実用段階に入った量子暗号  G. スティックス
量子暗号は三度“発明”された  古田彩

 

第4章 ボース・アインンシュタイン凝縮を生かす

ボース・アインシュタイン凝縮の実現  E. A. コーネル/C. E. ワイマン
宇宙で最も冷たいガスを操る  G. P. コリンズ
チップ上に原子の雲を生み出す  J. ライヒェル
凍りついた光  L. V. ハウ

 

 

 

まえがき

 

原子よりさらに小さい超ミクロの世界は「量子の世界」とも呼ばれる。量子とは,原子核を構成する陽子と中性子,電子などの総称だ。光も量子の一種で光子ともいう。量子の最も不思議な点は粒子と波の性質を併せ持つこと。この特性ゆえに,原子核と電子は,電荷の符号が逆なのにくっついて一緒にならず,電子は原子核の周囲を回り続ける。しかも電子の存在する場所は確率的にしか表現できない。

こうした量子の不思議な振る舞いを説明するのが20世紀前半に確立された量子力学だ。量子力学は電子産業と,光通信や光計測などに代表される光産業を生み出した。それから約100年,私たちは電子1個を制御でき,光子1個を操れるようなった。そして,量子力学が生んだこのような先端技術をベースとする新たな学問領域と産業が誕生した。それが量子情報科学であり,量子情報産業だ。本書は量子情報科学の最前線を紹介するとともに,その研究成果を生かすことで社会がどう変わるかを展望する。

 

第1章「不思議な量子」は量子情報科学の入門編。情報の単位は0と1だが,量子情報科学では電子のスピン(一種の自転)や光子の偏光(波としての振動)の向きの違いなどを0や1として用いる。そして量子としての性質をうまく使うと「0でも1でもある」という「重ね合わせ状態」を実現できる。この状態を保って計算すれば超並列計算が可能になる。「量子情報科学とは何か」では量子計算の基本を解説する。「エヴェレットの多世界」は量子力学にまったく新たな解釈をもたらした天才科学者エヴェレットの話。「量子テレポーテーション」は量子計算において「重ね合わせ」と並ぶ重要概念「量子もつれ」に関する実験の話で,SF小説のような味わいもある。アインシュタインは量子力学に批判的だったが「やっぱり神はサイコロを振らない?」を読むと,彼の批判は量子力学の本質を突いていたことがわかる。「やってみよう! “量子消しゴム”実験」は,自分の手を動かして量子力学の不思議さを実感できる手引きとなる。

第2章「量子コンピューターへの道」は「重ね合わせ」と「量子もつれ」を使って実現する夢の計算機,量子コンピューターがテーマ。「多世界から生まれた計算機」は量子コンピューター誕生譚。第1章で紹介したエヴェレットの量子力学の解釈(多世界解釈)にインスピレーションを得たもう1人の天才科学者ドイチュが量子コンピューターを発想したエピソードが臨場感豊かに語られる。量子コンピューターはまだ基礎研究段階だが,現在,有望視されているのが電子のスピンの向きの違いを0と1に見立てて量子計算する手法。「スピントロニクス 電子技術を飛躍させる新戦略」はその総説で,「ダイヤモンドで実現するスピントロニクス」はダイヤモンド中の電子のスピンを操る技術に焦点をあてる。「トポロジカル量子コンピューター」はスピンを使わないまったく別のアプローチで量子コンピューターを実現しようという話だ。

第3章「量子暗号をつくる」では量子コンピューターと並ぶ量子情報科学のメインテーマである量子暗号をとりあげる。量子暗号は暗号を解く鍵をやり取りするのに量子現象を利用する。誰かが盗み見たら,そのことが必ずわかってしまうので原理的に盗聴は不可能であり「究極の暗号」ともいわれる。「実用段階に入った量子暗号」は欧米のハイテクベンチャーによる商業化のレポート。また,量子暗号の誕生でも量子コンピューターと同様,ドラマがあった。「量子暗号は三度“発明”された」では,長く続いた夜明け前の時代が活写されている。

第4章「ボース・アインシュタイン凝縮を生かす」もホットなテーマだ。原子ガスを絶対零度に近づけていくと,各原子は他の原子と区別がつかなくなり,原子ガス全体があたかも1つの原子のように振る舞うようになる。この現象をボース・アインシュタイン凝縮(BEC)という。BECをビーム状に引き出した“原子レーザー”は,将来,レーザー光の登場に相当するようなインパクトを産業に与える可能性があるが,もう1つの有望な用途が量子コンピューターの演算素子としての利用だ。「ボース・アインシュタイン凝縮の実現」は,表題の業績でノーベル物理学賞を2001年に受賞した2人の著者によるBECの総説。

「宇宙で最も冷たいガスを操る」は原子レーザーなどBECが秘めたさまざまな可能性をわかりやすく紹介する。BEC実現には大がかりな装置が必要だったが,「チップ上に原子の雲を生み出す」を読むと劇的な小型化は十分可能なようだ。「凍りついた光」はBECで光をほぼ止めてしまう話で,データ貯蔵や量子コンピューターなどへの展開が期待できるという。

 

この別冊は月刊誌「日経サイエンス」に掲載された記事を再録,編さんした。著者と本文中の人物の肩書きなどは本誌初出時のものだが,訳者と監修者については,2008年4月時点のものに改めている。

2008年5月
日経サイエンス編集部