球を収納するケース(問題)
アリスが久しぶりに鏡の国の白の騎士を訪ねようと彼の工房にやって来た。中から声がするのでこっそりと覗き込むと,大工とセイウチが来ていて,何やら3人で議論している。
白の騎士が言う。「うーむ。そんな奇妙な条件を満たすのは,正多面体では正八面体だけか……。確かにそれ以外の形もいろいろあったほうが面白いな。他には面倒な条件はないんだろう? じゃあ,別の形の多面体で条件に合致するものがいくらでもありそうな気がするがな」。
それに答えて大工が言う。「いや,俺もそう思った。そこで,セイウチにも手伝ってもらっていろいろと試作してみたのだが,これが意外に難しい。お茶の子さいさいというようにはいかんのだ」。隣りでセイウチが「そうだ,そうだ」と言わんばかりに大きくうなずいている。
アリスが覗き込んでいるのに気がついた白の騎士が「おお,ちょうどいい。キミも知恵を貸してくれ」と声をかけてきた。何事かとキョトンとしているアリスを見て,「我が鏡の国の博物館には,もちろんのことだが,いろんなものが展示してある。特に我が国の工芸技術の高さは国民の誰もがちょっと自慢したくなる水準で,特に球体の製造・研磨技術にはチェス王室からも国の誇りとして大きな期待がかけられている」と白の騎士が説明を始めた。そういえば,前に白の騎士と大工が作ったという純金球の模造品を見せてもらったことがあったのをアリスは思い出した(2017年11月号「展示台の設計」,『ハートの女王とマハラジャの対決』に収載)。
「以前見せた模造球もそうだが,他にも,占い師が使いそうな大きな水晶玉,ビリヤードボールなど完璧な球形を売りにしている品々が博物館に展示されている。ところが,球形のものがあまりに増えてしまったので,博物館は一部を常設展示から外し,ケースに入れて倉庫に保管しておくことにしたんだ」と白の騎士。
大工が口を挟む。「そういうものをただ倉庫に転がしておくわけにはいかんので,ひとつずつ入れておくケースを作ってくれという依頼が博物館から俺たちに来たってわけさ。ケース自体が転がっては困るので,ケースの形状は多面体。また,ケースの中で球体が滑ったり転がったりして傷がついても困るので,多面体の各面は球体に接することが条件だ」。
「それなら立方体のケースに限るわ」とアリスは思ったが,もちろん大工たちも同じように考えたらしい。「そういうことなら正多面体がいいとセイウチも俺も思ったよ。で,試作品を作って博物館に納品したんだ。立方体ケースだけだと能がないと言われそうなので,他の正多面体のケースも全部作ってね。そこまではいいのだが,博物館のやつら,どうせならケースも綺麗なほうが面白いと思ったのか,ケースの各面を赤と青の2色で塗り分け始めた。しかも隣り合う2つの面の色が同じにならないようにという条件つきでだ。やってみればすぐにわかるが,その場合に合格するのは正八面体だけだ。いろいろ提案したのに採用されたのが1種類だけというのは悔しいので他の形の多面体はないかと思って白の騎士に相談してたんだ」。
もうおわかりだろう。読者に一緒に考えていただきたいのは,博物館側の要請を満足する多面体である。つまり,一言でいうなら,球に外接し,かつ隣り合う面が同色にならないように各面を赤と青で塗り分けられる多面体だ(同色の2 つの面が頂点で接するのはかまわない)。これを満たす正多面体は正八面体以外にはない。しかし,単に多面体という条件ならば,例えば,立方体の各面の中心を少し持ち上げた形の三角形24面からなる立体(四方六面体と呼ばれる)など,条件を満たす多面体は他にもたくさん存在する。これらの多面体のどれもが三角形の面を最低でも8つ持つこと,つまり正八面体は条件を満たす多面体では最も簡単な部類に属することを読者は証明できるだろうか? ヒントは「オイラーの多面体定理」とだけ言っておこう。
また,これらの多面体の各面を条件を満たすように赤と青に塗り分けたとき,赤に塗られた面の総面積と青に塗られた面の総面積は必ず等しくなることを証明できるだろうか?
答えは,2021年2月号に掲載
