日経サイエンス  1999年8月号

キラーカンガルーと有袋肉食類 ──知られざる古代のオーストラリア

S.ロー(シドニーのニューサウスウェールズ大学)

 1500万年前のオーストラリア北東部,リバースレイの降雨林に朝もやが漂う。バンディクート類の家族が現れ,浅い水たまりに口を伸ばした。突然,黒っぽい筋肉質の動物が近くの草むらから飛びだし,バンディクートの子供に突進した。その毛深い動物は,長いナイフのような歯で獲物を突き刺し,ゆっくりと食べるために草陰に運んでいった。
 自然界では多くの動物が遅かれ早かれ,非業の死を迎える。だから,バンディクートの子どもの死は,わざわざ取り上げるほどのことではない。しかし,この小さな動物の死は,現代人の多くを驚かせた。殺したのはカンガルーの一種,ツヨハオオネズミカンガルー(強い歯の大ネズミカンガルーの意味;Ekaltadetaima)だった。
 現在のオーストラリアには温血性の肉食動物は数が少なく,きわめてまれだ。学者の中には,オーストラリアには大型の温血捕食動物は存在しなかったという人もいた。過去2000万年にわたる不安定な気候と質の悪い土壌のために大型温血捕食動物が進化しにくかったと考えられてきた。土壌と気候のせいで植物の繁茂が制限され,その結果,肉食動物の餌になる草食動物の身体の大きさと個体数を制限されてきたとしていたのだ。
 この説は最近の化石の発見によって見直しを迫られている。大型肉食動物を含む新しい化石が大量に発見されたのだ。(本文より)

著者

Stephen Wroe

最近,シドニーにあるニューサウスウェールズ大学から,古生物学分野でPh.D.を授与された。現生種,化石種も含め,オーストラリアの肉食有袋類に関する多くの幅広い分野の論文を書いている。とくに興味をもっている分野は,オオネズミカンガルーとフクロネコ形類の放散と,大型のドゥロモルニス科の鳥類(ヒクイドリ目)やフクロライオンの生物学である。イラストはニューサウスウェールズ大学のマサー(AnneMusser)の復元に基ずく。

原題名

Killer Kangaroos and Other Murderous Marsupials(SCIENTIFIC AMERICAN May 1999)