
人工知能(AI)の先駆者で有名な英国の数学者アラン・チューリングは,1954年6月にわずか41歳でこの世を去った。しかし,この短い生涯の中で,彼は人間の脳に近いモデルに基づいたコンピューターや,生物成長の化学をシミュレートする研究など今日盛んに研究されている分野に既に着手していた。
こういう素晴らしい業績を上げながら,チューリングは自分のアイデアを公表することにあまり関心がなかったので,彼の仕事の重要な側面が長い間無視されたり,忘れられたりしてしまった。特に,コンピューターに造詣の深い人ですら,彼がいわゆるコネクショニズムやニューロンによる計算を予期していた事をほとんど知らない。
「ハイパー計算」という分野の革新的な理論概念を生みだしたことも無視されている。専門家によると,ハイパーコンピューターはこれまで解けないとされてきた問題をいつの日か解いてしまうらしい。
チューリングは研究の途中で毒物で命を絶ったらしい。それから何十年もたった今日でも,これらの興味深い遺筆の意味は十分には解明されていない。
再録:別冊日経サイエンス216「AI 人工知能の軌跡と未来」
著者
B. JackCopeland / Diane Proudfoot
2人はニュージーランドのカンタベリー大学哲学科教授でチューリング・プロジェクトを主唱している。チューリングのアイデアを現代の技術で発展させようというのがプロジェクトの目的だ。コープランドは英国ポーツマス大学の計算機科学科の客員教授でもある。2人はこれまでチューリングに関して数多くの著作を出版してきた。コープランドは『チューリングマシン』と『チューリング論』を,オックスフォード大学出版局からもうすぐ出す予定,1993年にはブラックウェルから『人工知能』を出版している。彼らは,ハイパーマシンの論理学的研究と,B型ニューラルネットワークのシミュレーションに加え,チューリングが亡くなるときに研究していた生物の成長に関するコンピューターモデルも研究している。彼らは,チューリングが最初に設計した電子計算機,すなわち自動計算エンジンのパイロットモデルの誕生50周年を祝う国際会議(2000年5月,ロンドン)を組織している。
原題名
Alan Turing's Forgotten Ideas in Computer Science(SCIENTIFIC AMERICAN April 1999)