日経サイエンス  1999年7月号

田んぼのカエルの危機

大河内勇(農水省森林総合研究所) 宇都宮妙子(広島市) 沼澤マヤ(つくば市)

 広島県の山間の盆地に広がる水田。一部の心ない人の“密猟”を防ぐために具体的な地名は出せないが,車の音すら聞こえない静かな農村がある。ここで,広島県ではすでに絶滅したと思われていたダルマガエルが発見されたのは1991年のことだ。
 私たちの1人,宇都宮はダムの水没予定地に住む人のための代替住宅の建設地で環境アセスメント調査をしている際に,偶然ダルマガエルを発見した。その生息地ではすでに代替住宅の建設が始まっていて,水田は消滅しつつあり,絶滅は時間の問題だった。さらに調査を進めた結果,ほかに2カ所の生息地も見つかった。ところが,この2カ所の生息地にも危険が迫っていた。1カ所はダムによる水没,もう1カ所は圃場整備,つまり水田の構造改善事業だ。生息が確認されたばかりなのに,再び広島県からダルマガエルが絶滅する日が近づいていた。
 ダルマガエル減少のおもな要因が,水田そのものの減少と,圃場整備などの近代化であることはすでに知られていた。圃場整備では,水路をコンクリート張りにする。吸盤をもたないダルマカエルは,この水路に落ちたら脱出できない。さらに,圃場整備をした水田は農閑期には水がなくなり,乾田となる。カエルにとっては厳しい環境だ。
 ダルマガエルの危機を知った私たちは,圃場整備を止める可能性を探ったが,それは難しかった。水田は個人の農作物生産の場で,近年のコメを取りまく厳しい状況からすると,近代化は存続の道でもあった。水田に強く依存しているダルマガエルは,農業ができない状況になれば生き残れない。コメ作りができる状況を維持することが,ダルマガエルの保全にもつながる。

著者

大河内勇(おおこうち・いさむ) / 宇都宮妙子(うつのみや・たえこ) / 沼澤マヤ(ぬまざわ・まや)

大河内は農水省森林総合研究所で,森林昆虫や両生類などの管理を研究している。持続的な森林利用による人と自然の共存がおもな関心事。宇都宮は広島県でのダルマガエルの再発見者。広島大学生物生産学部で40年間両生類の繁殖生体の研究をしてきた。現在は気の向くままに広島県内の両生類の分布,繁殖生態を観察している。沼沢はカエルの愛好家で,飼育のほかカエルグッズのコレクターとしても有名。「大人の自分が野生生物のカエルを飼うなら,それなりの責務を意識して,できるだけカエルのためになることをしたい」と語る。