日経サイエンス  1999年7月号

特集 組織工学 人体を再生する

人工皮膚の製品化

N.パレントー(オルガノジェネシス社) G.ノートン(アドバンスト・ティッシュ・サイエンシズ社) 黒柳能光(北里大学)

生きた細胞を組み込んだ最初の人工皮膚の販売が昨年始まった。2番手の製品も数カ月以内に登場する予定だ。開発担当者に,販売までの経緯を語ってもらった。

 

真皮と表皮を備えた人工皮膚を初めて開発  N.パレントー

 

 オルガノジェネシス社は,「アプリグラフ」という商品名の人工皮膚を開発した。ヒトの皮膚は,体の表面に表皮,そのすぐ下に真皮と呼ばれる組織がある。アプリグラフもこれに似た構造をしている。製品は,1998年5月に米食品医薬品局(FDA)から生きた細胞を組み込んだ最初の「バイオ医療用具」として,認可された。

 アプリグラフは,医療用具ではあるが,生きた細胞を使用している。このため,いわば“生もの”としての特徴ももっている。だから,認可基準,安全性試験,製造方法などをFDAと協議してきた。

 臨床試験では,静脈潰瘍が原因の慢性皮膚潰瘍の患者を対象に選んだ。この病気は,下腿の静脈弁がうまく働かずに血流不全となり,静脈が壊死して周辺組織も壊死に陥る。試験の結果アプリグラフは,いくつかの機能を果たすことが明らかになった。患部を単純に覆って保護するだけの効果のほか,自ら細胞増殖因子や他のタンパク質を産み出して傷を治すはたらきがあることもわかった。

 1年間たっても治らなかった潰瘍がよくなった症例もある。アプリグラフを使用した場合,24週間後には,治療の難しい傷の47%が完全に治った。一方,包帯を巻いて傷を乾かさないようにし患部を圧迫する従来の方式では,19%しか治らなかった。この結果から,アプリグラフは静脈潰瘍の治療用具としてFDAから承認を得られた。

 製品は現在,米国とカナダで販売されており,ノバルティス社が取り扱っている。アプリグラフは,いわば“生の状態”で市販されており,室温で5日間もつ。現在,やけどの傷や糖尿病患者の皮膚潰瘍を対象に,臨床試験が進んでおり,近く完了する見通しだ。(本文から)

 

 

細胞を生きたまま冷凍保存した人工皮膚  G.ノートン

 

 アドバンスト・ティッシュ・サイエンシズ社は,2種類の人工皮膚を開発した。1つは,「トランスサイト」という名で,生きた細胞を含んでおらず,傷を覆うのに用いる。他の1つは,「ダーマグラフト」と呼び,生きた細胞を組み込んでいる。

 トランスサイトは,ヒトの細胞を利用した細胞組織工学の最初の製品として1997年3月にFDAから認可を受けた。この製品は,全層熱傷(第3度に相当,一番ひどいやけど)の治療用として認可されたが,1997年8月には部分層熱傷(第2度に相当,火ぶくれなど)への適用も認可された。

 トランスサイトの製造過程でさまざまなことが分かり,ダーマグラフトの開発にも役立った。2つの製品の主な違いは,ダーマグラフトの方が生きた細胞の状態を保っていることで,糖尿病患者の下腿潰瘍や床ずれのように皮膚の再生が必要な症例で効果を示す。こういった傷は,組織の壊れた部分を補修し,治癒を促進する細胞増殖因子などが必要となる。一方,やけどの傷では,酵素活性が高いので,化学反応を抑えるのに細胞の生きていないトランスサイトが向いている。

 ダーマグラフトも,トランスサイトと似た方法でつくられ,輸送時や保存時に凍結される。ただ,特殊な操作によって細胞を生きた状態にしてある。ダーマグラフトを保存したり輸送するときには,零下70℃に保つ必要がある。使用する際に解凍し,傷のサイズに合わせて裁断する。(本文から)

 

 

 

国内での培養皮膚研究開発の現状  黒柳能光

 

 細胞組織工学の技術を応用した医療用具の開発,特に細胞を組み込んだ人工皮膚の開発は,日本国内でも近年活発になっている。ただ,日本企業が独自に開発した培養皮膚はまだ販売されていない。

 厚生省は,国立食品医薬品衛生研究所の中村晃忠氏を中心にした専門委員会を発足させ,人工皮膚の製品を認可する場合の基本的考え方を示すガイドラインの骨子を作成しており,99年度中には提示する見通しだ。その後,約1~2年の臨床試験が実施され,良好な結果が得られれば厚生省が製造認可を出すとみられる。その後,約半年かけて健康保険適用の審査も進められ,市販につながる。

 今年になって,自家培養表皮をはじめその他の培養細胞を応用した医療用具の企業化を目指して,ジャパンティッシュエンジニアリングが設立された。

 日本人工臓器学会新技術委員会は7月10日に北里大学で人工皮膚の専門家や厚生省の担当者を集め「人工臓器開発の実施例:人工皮膚について」と題した研究会を開催する。研究会では,人工皮膚の企業化する場合にカギを握るガイドライン案についても報告される。

(本文から)

 


著者

Nancy Parenteau / Gail Naughton / 黒柳能光(くろやなぎ・よしみつ)

マサチューセッツ州カントンのオルガノジェネシス社の研究開発部門副所長。

カリフォルニア州ラホーヤのアドバンストティッシュサイエンス社の社長。

北里大学医業衛生学部人工皮膚研究開発センター助教授。工学博士,理学博士 ,医学博士。日本人工臓器学会評議員,日本バイオマテリアル学会評議員,日本組織工学会評議委員。

原題名

Skin: The First Tissue-Engineered Products(SCIENTIFIC AMERICAN April 1999)