
脳死者からの臓器移植が注目を集める中で始まったが,疾患の治療という意味では,ヒトの組織や細胞の移植も非常に重要な役割を担っている。組織工学によって,ヒトの組織を再生できるのは理想だが,そこまでの水準まで達していない現在では,ヒトの組織の移植が,人工組織の移植と並んで1つの有力な選択肢になる。
組織移植の代表例は角膜移植で,それによって,患者は再び目が見えるようになる。また耳小骨の移植によって,再び音を聞くことができるようになる。重度のやけどでは,皮膚移植をしなければ,命を長らえさせることは難しい。
心臓弁は人工の弁やブタの弁も臨床に使われている。しかし,弁に血の塊ができないように,抗凝固剤を服用し続けなければならず,出産を望む女性患者には適用できない。細菌感染性も高く5~10年後に再手術というケースもある。これに対して,ヒトの心臓弁の移植なら,抗凝固剤を服用しなくてよく,しかも細菌感染性が低い。
国立循環器病センターの北村惣一郎副院長によると,現在,日本で行われている組織移植は角膜と心臓弁,血管,皮膚,骨,耳小骨。さらに,膵臓のランゲルハンス島と眼強膜,気管,気管支については,臨床応用に向けた準備が進んでいる。基本的には,これら組織は提供者(ドナー)から摘出した後,凍結保存され,手術前に解凍して用いられる。
日本では臓器移植医療と同様,組織移植医療についても,その提供や保存,取り扱いなどについて,さまざまな難しい問題を含んでいる。
組織の摘出は臓器の摘出と同様,ドナーの家族に対するインフォームドコンセント(説明と同意)を得る必要がある。米国などでは臓器,組織,細胞の3つについてインフォームドコンセントをとる流れができている。心臓移植をするために摘出した患者の心臓から健康な心臓弁を使ったり,肝ガン患者から切除した肝臓片から正常な肝細胞を分離して利用することもある。
しかし,日本ではそこまで十分な体制が整っていない。一部医療機関では組織摘出後,ドナーの家族との間でトラブルが発生するなどの問題が起きている。組織移植医療の定着には「組織のことをよく知っている専門の移植コーディネーターの育成が必要になるのではないか」と北村副院長は述べている。
組織の摘出・保存は医療施設内の倫理委員会の承認が求められるが,組織の保存に関する国の安全基準がでおらず,医療機関でまちまちなのが現状。脳死者からの臓器移植に関する法律はあっても,組織・細胞移植に関する法律はない。
現在,厚生科学研究臓器移植部門の研究グループが組織移植を医療として定着させようと,組織の保存などに関するガイドラインの検討を進めている。保存には多額の費用がかかるため,現在では大学病院など限られた医療機関でしか保存されていない。財政面の支援も課題となっている。
古くから法整備が進んできたアイバンクは全国的に広がっているが,これはむしろ例外的で,イヤーバンクは関西地区に限定されており,心臓弁のバンクも東京地区と関西地区に限られている。米国などでは組織の提供が非営利と営利の両方で実施されているが,日本では営利目的の組織の売買が認められるかどうかは議論が分かれている。
組織移植の需要は厳然としてあり,日本では国内提供の少なさを補う形で,海外からさまざまのたくさんのヒトの組織が医用材料として輸入されている。高価だが購入は簡単にできるという。製薬会社などでは製品開発のためヒトの細胞を輸入している。これは腎臓などの臓器の海外からの導入が認められていない臓器移植医療と大きく異なる。
このような海外依存には批判も強い。北村副院長は「基本的には,組織バンクで国内の需要を賄い,海外からの輸入は緊急避難的な状況でのみ行われるべきだろう」と言う。組織移植の推進には,まず国内での実態を詳しく把握した上で,医療として定着させるにはどうすればよいか,オープンな場で早急に議論を進めるべきとの声が臨床医から上がっている。(編集部)