日経サイエンス  1999年6月号

出産のタイミングを決める“胎盤時計”

R. スミス(オーストラリア・ニューカッスル大学)

 ヒトの胎盤内で発見された「コルチコトロピン(副腎皮質刺激ホルモン)放出ホルモン(CRH)」が,分娩の時期を左右することがわかった。これに関連したいくつかの発見も加わって,早産予防の有効な方法が生み出される可能性が出てきた。
 新生児の6~8%は40週を待たずに,37週以前の早産で誕生しているという。医療の進展にともなって,早産の赤ちゃんの命を救うことは可能になったが,呼吸障害や脳性小児麻痺,知的障害といった問題は逆に深刻さを増してきた。数十年にわたって,早産防止のさまざまな試みがなされてきたが,有効な方法は得られなかった。
 ところが,1980年代の初めに,東京女子医科大学の芝崎保(現在は日本医科大学教授)らが,ヒトの胎盤にCRHが含まれていることを発見。これをきっかけにして,胎盤のCRHが分娩に果たす役割が徐々に解明され始めた。その後,早産した女性の分娩時の血中CRH濃度が,早産せずに40週で出産した女性(検査は同じ妊娠週時に行った)よりも高いことも確認された。胎盤のCRHは分娩の時期を左右する「胎盤時計」として機能してたのだ。
 こうした研究を受けて,早産を予期するための検査方法の開発や,その結果から「胎盤時計」を遅らせることのできる薬剤をつくるなど,新しい道が開けつつある。(編集部)

著者

Roger Smith

オーストラリアのニューカッスル大学およびジョン・ハンター病院の内分泌学の教授。1975年にシドニー大学医学部にて医学の学位を取った。その後,ロンドンのセント・バルトロマイ病院で神経内分泌学の博士号を取得した後,1981年に,当時新設されたニューカッスル大学医学部に加わるために,オーストラリアに帰国した。1989年には,母・乳児研究センターを設立。同センターは,分娩の内分泌学に対する調査を重視している。

原題名

The Timing of Birth(SCIENTIFIC AMERICAN March 1999)

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