日経サイエンス  1999年6月号

始まったニュートリノ振動実験

中島林彦(編集部)

 昨年,ニュートリノに関する日本発の記事がニューヨーク・タイムズなど世界各国の新聞紙上を飾った。ニュートリノは光と同様,質量がゼロだと長い間,考えられていた。ところが,大気圏上層から降り注いでくるニュートリノを精密観測した結果,実は質量をもっていることがわかった,というビッグニュースだった。岐阜県神岡町の奥飛騨山中,地下1000mにある東京大学宇宙線研究所のニュートリノ観測施設「スーパーカミオカンデ」によって,この研究成果がもたらされた。
 ニュートリノは不思議な粒子で,普通の物質とほとんど反応しない。そのため,どんなものでも幽霊のように通り抜けてしまう。電子ニュートリノ,ミューニュートリノ,タウニュートリノという3種類があって,私たちの身の回りにも,たくさん漂っているが,こうした性質のため,存在を検知することはむずかしい。
 もし,これらのニュートリノに質量があるとすれば,現在の素粒子物理学の枠組みである「標準理論」は大きく揺らぐ。さらにニュートリノは宇宙のあらゆるところに膨大な量が存在しているので,その質量がゼロでないとすると,宇宙全体の重さや,宇宙の運命に関する議論にも大きな影響を与えることになる。
 スーパーカミオカンデの観測結果は,すでに多数の研究者が支持している。しかし,物理学の歴史を書き換えるほどの大発見なだけに,これを確固なものにするには,別の観測や実験によって検証することが不可欠。そのため,日米欧が競う形でニュートリノの質量の存在を検証する大規模な実験の準備が進んでいる。
 中でも最も先行しているのが日本で,この3月,世界の注目を集める中で実験が始まった。筑波山のふもとにある文部省の高エネルギー加速器研究機構(KEK)の加速器を使って膨大な数のミューニュートリノを作り,250km先のスーパーカミオカンデに狙いを定めて撃ち出す。