日経サイエンス  1999年6月号

ビッグバン直後を再現する

M.ムカジー(Scientific American編集部)

 米ブルックヘブン国立研究所(ニューヨーク州ロングアイランド)で完成間近の重イオン衝突型加速器「Relativistic HeavyIon Collider」は頭文字をとって「RHIC(リック)」と呼ばれる。水素の原子核(陽子)から金の原子核(197個の陽子と中性子)までのさまざまな原子核を加速,正面衝突させ,ビックバン後の1マイクロ(100万分の1)秒後と同様の高温高密度の物質を作り出そうとしている。
 重い原子核同士が衝突すると,多くの核子間の衝突が起こるが,それぞれの核子・核子衝突で200GeVのエネルギーが放出され,温度がおそらく1兆ケルビン(ケルビンは絶対温度)以上,つまり太陽表面の1億倍もの高温に達してしまう。これにより原子核は爆発を起こす。
 この火の玉の残骸を調べれば,衝突による途方もない高温の中で陽子と中性子がバラバラになって,グルーオンと呼ばれる粒子と共にクォークが解放されたのかどうかを知る手がかりを与えてくれるだろう。
 理論家は1兆ケルビン以上の高温ではクォークとグルーオンのスープのような状態,つまりクォーク・グルオンプラズマが生じると信じている。プリンストン高等研究所の理論家,ウィルチェック(FrankWilczek)は「私たちの知る限り,数十億年の間はこの状態は宇宙になかった」と言う。
 日本の研究グループはRHICでの大型実験の1つ「PHENIX(フェニックス)」実験に計画立案段階から参加している。フェニックス実験はハドロン(陽子やK中間子,パイ中間子など)と光子,電子・陽電子対,ミューオン対などを測定する装置を使い,理論が予想する「小ビッグバン」の証拠の多くをつかもうとする野心的な研究だ。

原題名

A Little Big Bang(SCIENTIFIC AMERICAN March 1999)