日経サイエンス  1999年4月号

特集:揺れ動く宇宙論

息吹き返すアインシュタインの宇宙定数

L. M. クラウス(ケース・ウエスタン・リザーブ大学)

 私たちの宇宙が,空間がゆがんでいない,ユークリッド幾何学が使える“平坦な宇宙”であることは,多くの天文学者が支持する「インフレーション理論」によって太鼓判が押されている。この理論が予言する平坦な宇宙では,宇宙の総質量が,ある一定の値になる。
 そこで,天文学者は宇宙の広い領域を観測,平均的な物質密度を求め,これから宇宙の総質量を見積もってみた。ところが,得られた値は,インフレーション理論が予言する値と比べて,問題にならないほど小さかった。これは深刻な問題だった。今や,圧倒的な数の証拠が,天体の運動の解析からその存在が確認されている「暗黒物質」を勘定に入れても,まったく不十分であることを示すようになってきた。
 宇宙は本当に平坦なら,宇宙を満たす最大の存在は,星や銀河のような目に見える物質でも,暗黒物質でもないことになる。おそらく,暗黒物質よりも,さらにエーテル的な性質を帯びた奇妙なエネルギーが,私たちの宇宙の“主役”なのだろう。
 私たちは,物質がまったく存在しない空間を「真空」と呼んでいるが,それは私たちにとって空っぽに見えるだけで,そこには常に「真空のエネルギー」ともいうべきものが潜んでいる可能性がある。こうした奇妙な形のエネルギーが宇宙を支配しているというアイデアは,ハッブルが宇宙膨張を明らかにした10年以上も前,アインシュタインが一般相対性理論を完成させた時に始まる。「宇宙定数」だ。




再録:別冊日経サイエンス247「アインシュタイン 巨人の足跡と未解決問題」

著者

Lawrence M. Krauss

ケース・ウエスタン・リザーブ大学の物理学教室主任。物質の根源である素粒子の振る舞いを説明する理論の枠組みとして「標準モデル」があるが,これを越えた素粒子物理学の領域として,力の統一や量子重力,暗黒物質などが議論されている。クラウスは,星の活動や,ブラックホール,重力レンズ,初期宇宙などの宇宙物理学の研究を通じて,こうした最先端の素粒子物理学に新たな光を当てようとしている。一般向けの本も4冊出している。最新の著作は映画やテレビで描かれた科学について書いた『スター・トレックを越えて』(BeyondStar Trek)。

原題名

Cosmological Antigravity(SCIENTIFIC AMERICAN January 1999)