日経サイエンス  1998年9月号

液体で実現する量子コンピューター

N. ガーシェンフェルド(マサチューセッツ工科大学) I.L.チャン(IBM)

 量子力学が支配する原子や分子などのミクロの世界は摩訶不思議な世界だ。たとえば原子核の周りを回る1つの電子の位置は点ではなくて,原子核を取り囲む雲のように表される。電子が同時にさまざまな場所に存在する可能性があるからだ。これを量子的な状態の「重ね合わせ」という。

 

 そこで,いくつかの原子の集まりをコンピューターの情報をたくわえる素子に見立て,これらの原子がとりえる状態の1つを,ある1つの数値にあてはめると,その素子はさまざまな状態の重ね合わせが起きているので,同時に膨大な数のデータを包含していることになる。 つまり,この素子で足し算や掛け算をすることは,その素子が包含する膨大な数のデータに対して,同時にまったく同じ足し算や掛け算を並列的に行うことを意味する。いわば究極の超並列計算が実現する。これが量子コンピューターだ。

 

 これだけの性能を備えたコンピューターを実現するには,当然,高度な技術が必要になると考えられそうだが,著者たちの研究によると,意外なことに,何の変哲もない液体分子が量子コンピューターとして有望だという。(本文より)

著者

Neil Gershenfeld / Isaac L. Chuang

2人は量子計算の問題について1996年から一緒に仕事をしている。ガーシェンフェルドは,米スワォースモア大学(ペンシルベニア州)とベル研究所で物理学を学んだ後,コーネル大学大学院に進んで1990年に応用物理の博士号を取得した。現在はマサチューセッツ工科大学(MIT)の教授で,有名なメディアラボの物理とメディアグループのディレクターでもある。チャンはMITとスタンフォード大学で学び,1997年に博士号を取得した。現在,IBMアルマデン研究センター(カリフォルニア州サンノゼ)の研究スタッフとして量子コンピューターの研究に取り組んでいる。

原題名

Quantum Computing with Molecules(SCIENTIFIC AMERICAN June 1998)

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