日経サイエンス  1998年8月号

反物質宇宙を探す

E. G. ターレ(ミシガン大学) S. P. スウォーディ(シカゴ大学)

 1928年,イギリスの物理学者ディラックは反物質の存在を予言した。物質を構成する電子や陽子などの粒子には,その粒子と同じ質量をもつが,電荷は逆の「反粒子」が必ず存在するというのだ。いくつかの粒子が集まって原子を構成するように,反粒子が集まって反原子を形作り,こうした反原子を集めれば,この宇宙に存在するあらゆる物体について,対となる反物質の物体がつくれる。「反物質星」や「反物質銀河」はては「反物質人間」さえ存在するかもしれない。

 

 反粒子が通常の粒子と衝突すると爆発が起き,大量のガンマ線を放出して両方の粒子が消滅する。これを「対消滅」という。その爆発のエネルギーは大変なものだ。たとえば人間と反物質人間が握手をすると,1メガトン級の爆弾(これ1 発で小さな都市なら壊滅できる) 1000発分にも相当する大爆発が起きて2人は消滅する。

 

 ディラックの予言は当時の常識を覆すものだった。しかし,そのわずか4年後,カリフォルニア工科大学の物理学者アンダーソンは世界で初めて反粒子を検出,ディラックの予言が実証された。私たちはアンダーソンの霧箱よりもさらに精密に宇宙線に含まれる高速の陽電子を検出する高エネルギー反物質望遠鏡(HEAT)を開発,これを気球で成層圏まで上げて観測した。宇宙線の中の反陽子の検出を狙った気球観測も行われている。さらに長期間超高空に滞空する気球や人工衛星で宇宙線中の反粒子を観測する野心的な計画もある。こうした観測によって宇宙に存在する反物質の起源への理解が深まり,反物質星や反物質銀河などが本当に存在するのかという疑問にも回答が得られるようになるだろう。(本文より)

著者

Gregory Tarle / Simon P. Swordy

2人はともに20年以上にわたって宇宙線研究をリードしてきた。ターレ はミシガン大学物理学科教授で,1978年にカリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得した。宇宙線のほか,磁気モノポールや宇宙ニュートリノ,ニュートリノ振動の研究にも取り組んでいる。スウォーディはシカゴ大学教授で,1979年にブリストル大学で Ph.D. を取得した。1985年にはスペースシャトルを使った宇宙線の原子核の観測実験(Cosmic Ray Nuclei Experiment) に取り組んだ。

原題名

Cosmic Antimatter(SCIENTIFIC AMERICAN April 1998)

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