日経サイエンス  1998年7月号

特集:モバイル・コミュニケーション

無線電信の発明以来100年。この間,有線電話のネットワークは著しく発達したものの,無線電話は,PHSや携帯電話としてようやく普及してきたところ。PHSや携帯電話は僻地や海の上では使えませんが,9月から始まる衛星携帯電話サービス「イリジウム」では,地球上のどこからでも電話が使えるようになります。21世紀の空中は,個人通信用の電波で満ち溢れることでしょう。それに伴って電波の不足が心配されますが,電子技術の発達で「電波は有限の資源」は過去のものとなりました。また,音声だけでなく無線によるデータ通信網の構築も始まっています。 

 

 

イリジウムから始まる衛星携帯電話

  J. V. エバンス(コムサット・コーポレーション社)

今年の9月から,携帯電話くらいの大きさの端末で衛星と直接電波をやりとりし,世界のどこからでも,そして世界のどの電話とも通話できるようになる。日本も含め全世界で一斉にこの衛星通信システム「イリジウム」の利用が始まる。これを皮切りに他社のサービスも1999年以降に登場する予定だ。グローバルビジネス時代に対応する新事業だが,端末や通信料が高いなど,課題もあり,市場の広がりは未知数だ。

 

著者 John V. Evans

メリーランド州ベセスダにあるコムサット・コーポレーション社の副社長で主任技師。英国で教育を受け,マンチェスター大学で物理学の学位取得。1960年に渡米し,マサチューセッツ工科大学(MIT),リンカーン研究所を経て,ハイスタック天文台所長に就任。1983年にコムサットに移り,1996年まで研究所所長だった。

 

 

21世紀の移動通信技術  J. N. ペルトン(コロラド大学)

近い将来,都市の上空に浮かぶ通信中継基地が地上の通信端末を結ぶようになる。この成層圏プラットホームとよばれる一種の航空機と通信衛星を,地上の無線ネットワークに結び付けることによって,高いデータ転送速度で世界を結ぶモバイル通信網を作ることができる。

 

著者 Joseph N. Pelton

米国ボールダーにあるコロラド大学で通信の研究を行っている教授。フランスのストラスブールにある国際宇宙大学にも籍を置いている。現在,彼は米科学財団とNASAで,衛星システムに関する調査をするパネルの議長である。近著Cyberspace
Chronicles を含めて,無線および衛星通信に関する16冊の本を書いている。彼はまもなくワシントン市にある,ジョージワシントン大学の応用宇宙学の研究所に移る予定。

 

 

電波の奪いあいはもうなくなる  A. ヒルズ(カーネギー・メロン大学)

音声通信やデーター通信を無線で行う割合はますます増えてくる。そのときに心配になるのは,「電波は有限の資源だ」ということである。これまでは個々人が使用する周波数帯をできるだけ狭くすることで,より多くの人が電波をつかえるようにしてきた。しかし,1つの周波数帯を交互に使うという方法などで,より多くの人が電波を使えるようになった。

 

著者 Alex Hills

カーネギー・メロン大学の“工学と政策”に関する教授で,通信における政策と,国際的なネットワークにおけるサービスについて教鞭を取っている。レンセラー工科大学で電気工学の理学士号を取得し,アリゾナ州立大学で電気工学の理学修士号を取得した。そして,カーネギー・メロン大学で“工学と政策”に関する博士号を取得した。カーネギー・メロン大学に入る前はアラスカに住んでおり,漁師,ラジオのディスクジョッキー,そしてアラスカ州の通信局の職員を勤めたこともある。熱烈なバックパッカーであり,長距離走やクロスカントリースキーも楽しむ。

 

 

カギ握るスぺクトラム拡散通信

  D. R. ヒューズ(米科学財団)/D. ヘンドリックス(ワープ・スピード・イメージニアリング社)

スぺクトラム拡散通信は,通信の傍受を防げるだけでなく,一度に多数の人が同じ周波数帯の電波を使うことができる技術である。この方法は,情報をデジタル化して分割し,低出力で異なった周波数上で伝送する。スぺクトラム拡散通信はを使えば,何百万人もの人々が一斉に通信できる。これまでは,電波というパイを出来るだけ細く切って多数の人が食べれるようにした。今後は,みんながいっせいにパイを食べることになるだろう。

 

著者 David R. Hughes / Dewayne Hendricks

2人は,最近モンゴルの都市の8つの科学機関と教育機関をネットワーク接続するために,ウランバートルにスペクトラム拡散通信機器を取り付けることに協力した。ヒューズは米科学財団無線分野テストの主幹調査員である。またヘンドリックスは,カリフォルニア州フレモントにあるラップ・スピード・イメージニアリング社の最高経営責任者(CEO)である。

 

 

無線ネットワークの新しい使い道  W. L. シュッツマン/C. デートリッヒ(ともにバージニア州立工科大学)

携帯電話は無線通信の1つの利用方法にすぎない。位置の検出はGPSだけでなく,遠隔位置検出サービス(RDSS)でも行われている。ロシアもGPSと同様の衛星をもっており,米国版GPSとロシア版GPSを併用できれば位置検出は一段と正確になる。また,各家庭のメーターに無線通信装置を設置しておけば,事業者はオフィスにいながらにしてメーターを読み取ることができる。

 

著者 Warren L. Stutzman and Carl B. Dietrich, Jr.

2人はバージニア科学技術大学と州立大学の無線通信センターに所属している。スタッツマンは大学の衛星通信グループの博士で,電子計算機工学科の教授である。デートリッヒは博士課程の学生である。

 

 

次世代システムにかける日本  中島林彦

日本でも米国などと同時に9月23日からイリジウムのサービスが始まる。さらに早ければ来年にも別の衛星携帯電話サービス(ICO)も始まる予定で,ビジネス需要などをねらった激しい競争が繰り広げられそうだ。これらは米国主導によるいわば第1世代の衛星移動通信だが,2005年~2010年ころに実用化する第2世代の衛星移動通信については,日本も米国と競う形で研究開発を進めている。

 現在,具体化している衛星移動通信サービスでは米国企業が圧倒的な強さを誇っている。インターネットや全地球測位システム(GPS)などと同様,衛星移動通信の背景には,全世界に展開する米軍の高度な通信技術の蓄積があるからだ。しかし,日本も急速に衛星通信や宇宙通信の技術開発を進めている。

 たとえば,日本の技術試験衛星6型「きく6号」は,世界で初めて光による地上と衛星間の双方向伝送実験に成功,世界の注目を集めた。さらに2000年に打ち上げ予定の光衛星間通信実験衛星(OICETS)では欧州の静止衛星ARTEMISとの間で衛星間の光通信実験を行う予定だ。

 地上の通信ネットワークでも光ファイバーの導入によって,飛躍的に大容量の情報伝送が可能になったように,宇宙でも光通信ネットワークが実用化すれば,情報を送るパイプははるかに太くなる。日米欧が現在,研究開発にしのぎを削っているのは,このような衛星間の光通信をも視野に入れた第2世代の衛星移動通信だ。国内では郵政省が3月12日に産学官からなる推進組織「次世代LEO(低軌道周回衛星)推進会議」を立ち上げるなどの動きが出ている。

 

著者 中島林彦(なかじま・しげひこ)

日経サイエンス編集部。

原題名

New Satellites for Personal Communications / Telecommunications for the 21st Century / Terrestrial Wireless Networks / Spread-Spectrum Radio / David R. Hughes and Dewayne Hendricks(SCIENTIFIC AMERICAN April 1998)