日経サイエンス  1998年7月号

サイエンス・イン・ピクチャー

先人たちが見たミクロの世界

B. J. フォード(英国の生物学者)

1674年にレーウェンフックは,手製の顕微鏡で,魂を奪われるような新しい世界を発見した。オランダのアマチュア科学者の彼は,湖のヘドロを観察していて,突然未知の生物に出会ったのだ。「極微動物がたくさん見える。水中でのその動きはすばやい。上向き,下向き,回転と,見ていて実に楽しい」。

 

 彼が微生物の研究を始めたのは,まったくの偶然からだった。レーウェンフックが活躍したのは,光学が花開く前のことであり,自分で500台以上の初歩的な顕微鏡を組み立てている。彼はこれらを使って,微生物のほかにも多くの細胞構造を記録し,赤血球や精子の存在も突き止めた。また,細菌,原生動物,担輪虫,植物細胞,菌類についても記述している。

 

 けれども,同時代の人の多くはレーウェンフックのことを空想力豊かな物好きとして片づけた。彼の洞察も無視された。微生物の概念が広く受け入れられるようになるには,19世紀中ごろのパスツールの時代になってからだ。

 

 今日でさえ,レーウェンフックが観察したと言っているものは,単純で単眼の彼の顕微鏡では見えなかったはずだ,と主張する人もいる。今日の研究では,当時のレンズの解像度の低さを示すために,彼の顕微鏡が引き合いに出されることがある。このようなある実験では,赤血球は単にぼんやりとかすんで見える。

 

 後年,同様の非難をブラウン(Robert Brown,1773~1858年)も浴びた。このスコットランドの外科医は1827年に「ブラウン運動(水分子の熱運動のせいで,水中の微粒子が細かく動く現象)」を発表している。さらに細胞の中で粒子が移動する「原形質流動」も観察した。1831年には,単眼顕微鏡の中に,誰も見たことのなかったものを目にする。

 

 ブラウンは,ランの花に魅せられていた。その植物細胞を端から調べてみると,ある構造がいつも現れるのに気付いた。「表皮の細胞それぞれに,(略),単独の丸い小孔,一般的に細胞膜よりは不透明なものが見受けられる」。間もなくブラウンは,この特徴が多くの細胞に共通すると結論した。後日,彼はこの構造を「細胞核」と名付た。 レーウェンフックと同様に,ブラウンも不当な評価を受けることが多かった。ブラウンの顕微鏡は,解剖には役立ったかも知れないが,核のように小さな構造は解明できなかったはずだとした最近の研究がある。

 

 私は2人の先人が使っていた顕微鏡を使い,また自分でも単眼の顕微鏡を作って,彼らの実験を再現してみた。この2人が使った方法に関する詳細な説明がないことと,顕微鏡を調節して彼らの実験を忠実に再現するのは,かなりの注意力を必要とするので,難しい作業だった。それでも私は,簡単な顕微鏡でも生きているバクテリア,細胞核,ブラウン運動が見えるということを発見した。ブラウンの顕微鏡では,ミトコンドリアさえ見れた。ミトコンドリアは,細胞核の何百分の一程度の大きさだ。レーウェンフックもブラウンも,顕微鏡で見たものを忠実に書き写していたのだ。

 

 誌面に示す写真は,画像処理など一切していない。これらのイメージが,昔の人をどれほど興奮させたか,どんなに美しいものだったか,十分想像できる。また,きわめて単純な道具が,私たちの展望を永久に変えることも可能だということもわかる。この場合,それは17世紀と18世紀の単純明快な単眼顕微鏡だった。(本文より)

著者

Brian J. Ford

英国ケンブリッジシャー在住の生物学者で,大学の特別研究員でもある。多くの分野に関する論文を発表し,顕微鏡の権威である。『微生物パワー』をはじめとする,80点以上におよぶ著書は世界中で出版されている。    

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