日経サイエンス  1998年7月号

算額に見る江戸時代の幾何学

算額の問題1の答え

和算家は,この問題に対して,互いに外接する3個の円と,これに内接または外接する円の各半径の間の関係式(デカルトの円定理)を繰り返し利用して解答を出している。しかしここでは,和算にはなかった反転法と呼ばれる方法を使って解くことにする。ただ,一般に学校の数学の授業では反転法は教えていないので,初めにその技法を述べたうえで,この問題を解くのに必要な定理を証明なしで述べる。

 反転法とは,半径がkで中心がTの円(それをSとする)に関する変換である。点Tは反転の中心と呼ばれる。ここで,Sを含む平面上の任意の点Pを点Tと結び,この線分の長さをTPとする。
このとき,円Sに関する点Pの反転とは,直線TP上の点P’が次の条件満たすときである。

TP・TP’ = k2

 言い換えれば k が2つの線分の長さ TP と TP’ の相乗平均になっていることである。たとえば点Pが円Sの外にあるとき,この点Pからこの円に接線を引き,その接点をAとして図を描いてみると,三角形TAPと三角形TAP’は相似となる。これは,TK/ k = k / TP’ または,TP・TP’ = k2となるからである。

 この定義で点の変換のみならず,図形全体をも変換できる。元の図形上の各点Pは反転図形上のP’に変換される。次の4個の定理は円Sに関する円Cの反転に応用される。

  • 定理A:円Cが反転の中心Tを通らないとき,その反転は円C’となる。
  • 定理B:半径rの円Cが半径r’の円C’ に反転されたとき,rとr’についてはTと円Cとの中心距離をdとして次の関係がある。
    r’2 (d2 – r2)2 =k4r2
  • 定理C:半径rの円が半径r’の円C’に反転され,さらに点Tから円C’への接線の長さがLのとき,次の関係が成り立つ。
    rL2 = k2r’
  • 定理D:反転の中心を通る円は直線に反転される。

 

さて,問題の解答に入ろう。反転に入る前に緑の円の中心をO,赤い円(甲)の中心をP,赤い円の半径をr1とする。まず一番大きな黄色円(乙)の半径を求めよう。その中心をQとし,その半径をr2とする。次に一番大きな青い円の半径を求めよう。それをt1とする。

三角形OPQにおいて,OP = r1,PQ = r1 +r2,OQ = r2 + h ,h = 2r1 -2 r2なので,ピタゴラスの定理により,

(r1 + r2)2 = r12 +( r2 + h)2 すなわち r2 = (2/3)r1 =(1/3)r を得る。

 同様にピタゴラスの定理を用いて,t1 = r/15 を得る。

 

 さて,この図形全体を点A=Tを反転円の中心として反転する。ここで円Tは緑円が下の赤円と接する接点である。計算を簡略にするため反転円Sの半径k=1としても問題の一般性を失わない。反転の定義よりTO・TO’=1 。 ここでTO =rとしているので,TO’ = 1/r を得る。
同様に緑円と上の赤円との接点である点Bの反転B’に関しては,TB・TB’ = 1,TB = 2r なので TB’ = 1/2rを得る。
緑円は反転の中心Tを通るので,定理Dにより,その反転は直線という特別の場合となる。TはOの真下にあるのでこの直線は水平線となる。この直線M’はTとの距離が1/r である。
同様に下の赤い円もTを通るので,水平線に反転される。この直線N’はTからの距離は 1/2r である。

次に,Tを通らない上の赤い円を考えよう。定理Aによりそれは円に変換される。この上の赤い円は下の赤い円と(緑の円にともに)点Oで接しているので,2つの直線M’,N’ にぴったりと接する半径がr’ の円に反転される。

 また,半径が r2 の一番小さい黄色の円(乙)も下の赤い円と緑の円に接しているので,これも2つの直線M’,N’にぴったりと接する円に変換される。さらに半径が r’の円にも接する。
同じことが他のすべての黄色の円についても成立して,これらは左右に広がる等しい円に反転される。したがって反転された円の半径について次のことがいえる。

r’1 = r’2 = r’3 =…=r’n = r’

この手順は内側にある青い円のすべてが同じ半径の円に変換される。したがって,

t’1 = t’2 = t’3 =…=t’n = t’

ここでrとr’とt’の関係を求めよう。r1を見てみよう。これはTから下の赤い円の中心までの距離であり, d = 3r1 である。ここで定理Bより

r’12(d2 – r12)2 =r12
すなわち,

r’1 = r’ = 1/8r1 = 1/4r かつ t’ = 1/16r を得る。

ここで一般の rn , tnを求めることにしよう。点Tから円r’nへの接線の長さLnを求めよう。 xnを図の中心r’1から中心 r’nまでの距離としよう。さらにTVの距離をKnとおけばピタゴラスの定理より次の関係を得る。

Ln2 + r’2 = Kn2 または Kn2 =(r’ +1/2r)2+ xn2

ここで定理Cより,Ln2 = r’/rnが得られ,r’= 1/4r, xn = 2(n – 1)r’は図から得られる。あとは適当に代入すれば次の結果を得る。

rn = r/{2 + (n – 1)2}

こうして外側にある黄色の円の連鎖のn番目の半径rnをrで表すことができた。内側の青い円の鎖についても同様の手順で求めると次の最終結果を得る。

 

tn = r/{(2n – 1)2 + 14}


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