日経サイエンス  1998年3月号

真空からエネルギーを取り出せ

P. ヤム(Scientific American スタッフライター)

 無から有を生み,タダで何かを手に入れる--それがテキサス州オースティンの高等研究所の存在理由だ。ここには,ゴボゴボと音をたてる水,超音波トランスデューサー,温度測定用の熱量計,実験データをプロットするためのソフト,その他の実験装置が,あたかも裏庭にある寄せ集めのがらくたのごとく所狭しと並んでいる。

 

 似たような名前だが,ゆめゆめプリンストン高等研究所と混同めさるな。プリンストンの方がはるかに有名で,アインシュタイン(AlbertEinstein)をはじめとする物理学者たちが空間と時間の根元的な秘密を探った。オースティンの方の布陣はもっと控え目だが,その目標たるや目の玉が飛び出るほど革命的だ。ここの研究者たちは,カラッポの空間からエネルギーを抽出できる(と発明者たちが断言する)機械装置を試験しているのだ。

 

 永久機関やエネルギー無用の装置を発明したという主張は後を絶たない。この手の装置が,必然的に,少なくとも熱力学の法則の1つに背くことがわかっているにもかかわらずである。もっとも,真空のエネルギー自体はきわめて普遍的なものだ。現代物理学によれば,真空は空のポケットではない。「すべての分子運動が止まる点」と定義されている絶対零度においてさえ,真空は目に見えない活動でわきかえっている。

 

 正確にどれほどの量の零点エネルギー(ゼロ点エネルギー)が真空に存在しているかは不明だ。宇宙論研究者の中には,宇宙の始まりの時点では,どこもかしこもブラックホールの内部のようなありさまで,真空エネルギーが高く,それがビッグバンを誘発したと推測する人もいる。

 

 宇宙開闢時と比べれば,今日,そのエネルギーのレベルはかなり低くなっているはずだ。しかし一握りの楽天家たちは,秘密の扉の鍵さえ見つけることができれば,夢の無尽蔵エネルギーへの道がひらかれると考えている。このような科学の一匹狼たちはまた,零点エネルギーが「常温核融合」や慣性や他の現象を説明でき,いつの日か宇宙船を推進するための「負の質量系」の一部として役に立つだろうと空想をたくましくしてきた。(本文より)

著者

Philip Yam

原題名

Exploiting Zero-Point Energy(SCIENTIFIC AMERICAN December 1997)

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