日経サイエンス  1998年2月号

寄生バチが放つ生物兵器

N.E. ベッケージ(カリフォルニア大学リバーサイド校)

 寄生バチは,イモムシの体内に卵を産みつける。孵化した幼虫はイモムシを内側から食べていく。イモムシの免疫系は,なぜ手をこまねいているのだろう? 実は,寄生バチは卵だけでなく,イモムシを免疫不全にするウイルスも一緒に注入しているのだ。

 

 しかも,そのウイルスの遺伝子は寄生バチの染色体上にあり,親バチから次の世代へ文字どおり遺伝して受け継がれていく。ウイルスは雌バチの卵巣でのみ増殖し,イモムシの体内に入ると,ちょうどエイズウイルスと同じようにイモムシの免疫細胞を標的にする。

 

 ここで,著者はひとつ問題提起する。これほど親密なウイルスと寄生バチを,別々の存在と考えることができるのだろうか? ウイルスはもともとは単独の存在で,その遺伝子が寄生バチの染色体に取り込まれたのだろうか? それとも,もしかすると,寄生バチは,イモムシの免疫細胞を効果的に抑制するためのパッケージとして,手持ちの遺伝子を組み合わせてウイルスに仕立てたのだろうか? 後者を支持する例が実際にある。

 

  寄生バチの幼虫が十分大きくなる前にイモムシが死ねば,寄生バチの幼虫も確実に死ぬ。しかも,イモムシが成虫になる前に,ハチは体内から出なければならない。この絶妙なタイミング! ここで著者はもうひとつ,問題提起をする。よく「進化した寄生者は寄主を殺さない」といわれる。この経験論的な説に,イモムシと寄生バチの関係は,まったくあてはまらないのである。(編集部)

著者

Nancy E. Beckage

カリフォルニア大学リバーサイド校で1990年から教鞭をとり,現在昆虫学の助教授である。彼女は,寄生者や病原体が寄主の発育を阻害するために採る戦略や寄主と寄生者の間の共進化的な関係に関心をもっている。以前,ベッケージはウィスコンシン大学およびハシアトル生物医学研究所にある合衆国農務省貯穀害虫研究局に勤めていたことがある。彼女は,1980年にシアトルにあるワシントン大学で博士号を取得した。

原題名

The Parasitic Wasp's Secret Weapon(SCIENTIFIC AMERICAN November 1997)