日経サイエンス  1997年5月号

「日経サイエンス創刊25周年記念論文賞」優秀賞

『カマキリが高い所に産卵すると大雪』は本当か

酒井與喜夫 湯沢昭

 カマキリは秋に,卵がつまった卵嚢(らんのう)を草や木の枝に産みつける。その際,本能的に積雪の影響を配慮し,その年の積雪量を“予測”して,安全な場所に産卵する。すなわち,その冬の積雪が多いと木や草の高いところに卵を産むのである。

 

 著者たちは,カマキリが木の枝葉に産み付けた卵嚢の高さから,その年の最大積雪深を予測し,その結果,「カマキリが高い所に産卵すると大雪」という言い伝えには,十分信憑性があることがわかった。ただこの場合,卵嚢の観測地点の多くが山間部であるため,平坦地における積雪深を予測するためには,地形と林相の影響を考慮して卵嚢の高さを補正する必要がある。

 

 具体的な補正方法として,著者たちは「吹き溜まり・吹きさらしによる補正」「樹高による補正」および「地形による補正」を提案し,このような補正を行うことにより,予測精度が向上することを示している。また,卵嚢の観測地点以外での予測方法として,「補間法による方法」と「地理的特性を考慮した方法」の2つの方法を提案している。前者による予測結果は十分満足すべきものであり,後者の方法の最大の特徴は,予測したい地点の周辺に観測ポイントがなくとも予測可能なことである。

 

 雪にまつわる「言い伝え」を長年の調査から検証した点は注目に値する。今後の課題は,なぜカマキリが積雪の状況を予測できるかという,メカニズムを解明することである。(編集部)

著者

酒井與喜夫(さかい・よきお) / 湯沢昭(ゆざわ・あきら)

酒井は学校を卒業後,新潟県長岡市内の電気会社に勤務したが,1963年に酒井無線を設立,代表取締役に。カマキリによる積雪予測の研究を30年以上続けており,現在の予測法を確立した。湯沢は1971年に福島工業高等専門学校卒。企業勤務の後,東北大学助手,講師を経て長岡工業高等専門学校助教授。工学博士。2人は,湯沢が92年に長岡に赴任した年に長岡学識行政懇話会で知り合い,以来,カマキリによる積雪深予測を共同で進めている。