日経サイエンス  1997年5月号

会話するバクテリア

R.ロージック(ハーバード大学スタンフォード大学医) D. カイザー(スタンフォード大学)

 バクテリアは1個の細胞からなる小さな生命体である。しかし,彼らは決して,もの言わぬ孤独な存在ではない。多数のバクテリアが作るコロニーの中では,仲間どうしが頻繁にコミュニケーションを行い,さらに,宿主である動物や植物とも会話をかわすことができる。

 

 バクテリアの情報伝達は,細胞から発せられる化学シグナルによって行われている。たとえば,イカの発光器官に寄生する発光細菌(ビブリオ菌)は,単独では光を発することができない。コロニーの細胞密度が十分に高まったとき,はじめて発光を始めるのである。これは,ビブリオ菌が周囲の仲間に伝達物質(自己誘導体とよぶ)を送り,光の発生に必要な一連の遺伝子の発現をコントロールしているからである。さらにビブリオ菌は宿主のイカにも化学信号を送り,発光器官の成熟を促す役割を果たす。

 

 こうしたバクテリアの情報伝達物質はいわゆる二次代謝産物とよばれるもので,細胞の維持や増殖に不可欠な物質ではなく,他の生物の機能や成長を阻害する働きをもっている(人間が抗生物質として利用しているのも,これらの二次代謝産物である)。そのなかには,合成量があまりにも少なく,バクテリアにとっての利用価値がわからない物質もあるが,これをコミュニケーションの手段と考えるれば,謎が解けるかもしれない。(編集部)

 

 

再録:別冊日経サイエンス221「微生物の脅威」

著者

Richard Losick / Dale Kaiser

2人は共に,予想もしなかったバクテリアの巧妙なコミュニケーションに魅惑されている。ロージックは,ハーバード大学分子細胞生物学の学科長であり,マリア・ムーア・キャボット(Maria Moors Cabot)記念教授である。カイザーはスタンフォード大学医学部生化学のウィルソン(Wilson)記念教授,ならびに発生生物学の教授である。彼はまた,米国微生物学会の生涯功績賞であるアボット賞の1997年の受賞者である。

原題名

Why and How Bacteria Communicate(SCIENTIFIC AMERICAN February 1997)