
細胞の死に方は2つに分けることができるというのが,現在の生物学者の見方である。破滅的な状態に追い込まれて死ぬネクローシスと,細胞に本来備わっている死の機構が発動して整然と死ぬアポトーシスである。ネクローシスは,アポトーシスさえ起こせないほどひどい状態に追い込まれた末の死だとも考えられている。
アポトーシスは細胞の新旧交代など,多細胞生物が健康に生活するために不可欠の機構である。ところが,それでは説明できない場合もある。成体の心筋細胞や神経細胞など,2度と分裂することのない細胞も,自らの死の機構にそって死んでいく。形態的に見てもネクローシスでないことは確かだが,アポトーシスと呼んでいいのだろうか。
著者は,こうした個体の死に直結するような細胞死の機構をアポトーシスと区別することを提唱し,「アポビオーシス(寿死)」と名付けた。アポトーシスでは,DNAを断片化することが知られているが,アポビオーシスでは別な酵素の働きで,もっと大きな断片になるという。
アポトーシスは個体の存続のために不要になった細胞を取り除くための過程である。個体の死に直結するアポビオーシスの生物学的な意義は何であろうか。著者は種の存続のために個体の死を保証する機構ではないかと考える。利己的な遺伝子にとっては,もはや次世代に遺伝子を伝えることのできない個体は,死に至らしめないと種の存続に差し支えるのである。(編集部)
著者
田沼靖一(たぬま・せいいち)
東京理科大学薬学部教授。1952年,甲府市で生まれる。東京大学大学院薬学系研究科で,薬学博士号を取得。帝京大学薬学部の助手,講師,米国立衛生研究所(NIH)への留学を経て,1990年に東京工業大学生命理工学部の助教授。1992年より現職。専門は生化学で,とくに細胞の生と死の決定の分子メカニズムを研究している。