日経サイエンス  1996年8月号

植物からとった新抗ガン薬タキソール

K. C. ニコラウ(スクリップス研究所) R. K. ガイ(tomoni) P. ポチエ(仏国立科学研究センター)

 タキソールの歴史は古い。イチイの樹皮から取れるこの化合物は,紀元前に書かれたシーザーの『ガリア戦記』に毒薬として登場する。また,米国の北西部では,先住民が消毒薬や皮膚ガンの治療薬として利用してきたという。

 

 タキソールが現代の新薬として脚光を浴びたのは1960年代のことである。米国の化学者が白血病細胞に対してイチイの樹皮を含む混合物が毒性を示すことを発見したのである。作用成分が分離され,タキソールと命名された。

 

 その後の研究から,タキソールが他の制ガン剤とはまったく異なる方法でガン細胞を攻撃することがわかった。タキソールは,細胞骨格を構成する微小管に結合し,細胞分裂を妨げる働きをする。ガン細胞は,健康な細胞よりも頻繁に分裂をくり返すので,タキソールはまずガン細胞を優先的に攻撃する。

 

 この事実は研究者たちは興奮させたが,難題も待ち構えていた。1本のイチイの木からとれるタキソールはごくわずかで,とても治療に使えるような量ではない。

 

 1980年代から1990年代の前半にかけて,著者たちをはじめとする数十の研究グループがタキソール合成に取り組んだ結果,いくつかの異なる方法による合成が成功した。

 

 米国食品医薬品局は,1994年に半合成タキソールの認可に踏み切った。アレルギー反応に似た強い副作用,水に溶けにくい性質など問題点もあるが,現在のところ,乳ガンや子宮ガンに有望な治療薬の1つと考えられている。

著者

K. C. Nicolaou / Rodney K. Guy / Pierre Potier

3人は分子設計と天然物化学について分担執筆した。ニコラウはスクリップス研究所とカリフォルニア大学サンディエゴ校に在籍しており,1992年にタキソイド研究に着手した。ガイは1991年に博士号取得のための研究をスクリップス研究所で始め,修了後はテキサス州ダラスにあるサウスウエスタン医学センターに移ることになっている。ポティエはフランスのジフ・スール・イヴェトにある国立科学研究センター所長で,1980年からタキソール研究を行っている。

原題名

Taxoids: New Weapons against Cancer(SCIENTIFIC AMERICAN June 1996)

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タキソール