日経サイエンス  1996年5月号

世界一明るい夜光物質の誕生

村山義彦(根本特殊化学株式会社)

 夜光物質は暗闇でも見える時計の文字盤として親しまれてきた。こうした物質は「残光性蛍光体」と呼ばれる。蛍光体というのは,一般に,光や電子線などの刺激によって発光する物質のことで,とくに,刺激を取り除いた後に発光する光を「残光」と呼ぶ。ブラウン管や蛍光灯や蛍光塗料などに使われている一般的な蛍光体は,残光ができるだけ少ないものが選ばれており,残光性蛍光体は,これらと性質がちょうど反対の蛍光体というわけである。

 

 従来の時計の文字盤には,硫化亜鉛系の残光性蛍光体が使われてきたが,残光時間の少なさをカバーするために放射性同位元素が混合されていた。具体的には,時計のガラス1枚で完全に遮断できる弱いβ線しか放射しないプロメチウム147が使われていた。しかし,環境問題との関連もあって,放射線を用いない夜光物質が望まれていた。

 

 こうした中で,著者たちは,希土類元素を含むまったく新しい残光性蛍光体を開発した。それは,ユーロピウム,ネオジム,ジスプロシウムといった希土類元素を含むアルカリ土類アルミン酸塩である。これらの新物質は,残光輝度,残光時間ともに,従来の物質より1桁(10倍)も優れた特性をもっている。そのため,時計の文字盤用蛍光体としては,すでにわが国では完全にこの物質で置き換えられてしまった。

 

 夜光物質に魅せられ,その研究や開発に40年間かかわってきた著者が,新蛍光体開発に至る経過について,万感の思いを込めて執筆した。(編集部)

著者

村山義彦(むらやま・よしひこ)

 根本特殊化学株式会社副社長。技術開発センタのリーダーを務めている。1953年に新潟大学工学部応用化学科を卒業し,現在の会社に入った。専門は応用化学と保健物理学で,現在,長残光性蛍光体の研究と開発に取り組んでいる。この業績により,今年の大河内記念技術賞を受賞した。趣味は芸術鑑賞と園芸。