
人間の胃の中にすむヘリコバクター・ピロリ菌の発見と,この菌の病原性の解明は,最近の医学界での最もホットな話題のひとつである。この菌は胃炎だけでなく,胃潰瘍と十二指腸潰瘍,さらにはどうやら胃ガンにもかかわっているらしいのである。
胃や十二指腸の潰瘍の患者は,極めて高い率でピロリ菌に感染している。従来の治療法に従って胃酸分泌抑制剤を飲めばほとんどすべての潰瘍は治るが,薬の服用を止めると実に再発しやすいのである。一方,抗生物質によるピロリ菌の除菌療法をした場合は,治った潰瘍はほとんど再発することはない。さらに,胃ガンについても,半世紀にわたるハワイの日系人を対象にした研究は,ピロリ菌が強くかかわっている可能性があると指摘しているのである。米国では,19世紀の間にピロリ菌の感染率が低下したが,それと同時に胃ガンによる死亡も低下している。
ヒトに感染しているピロリ菌は,その病原性の強さがすべて同じというわけではないらしい。著者のグループともうひとつのグループはほぼ同時期にCagAという遺伝子をつきとめた。この遺伝子をもつピロリ菌に感染すると,そうでない菌に比べて,炎症がよりひどく,胃ガンになる危険性もより高いらしい。
著者
Martin J. Blaser
1989年からバンダービルト大学の感染症部の部長兼内科教授であり,これまでにロックフェラー大学,コロラド大学,デンバー退役軍人医療センター,米国立防疫センター,エチオピアのアジスアベバのセントポール病院などでの勤務歴を持つ。1969年ペンシルベニア大学から経済学で優等卒業学位を取得。さらに1973年ニューヨーク大学から医学博士号を取得。いくつかの特許も得ており,数多くの学会や論文委員会のメンバとなっている。これまでに300以上の論文を発表し,いくつかの本の編集を行っている。
原題名
The Bacteria behind Ulcers(SCIENTIFIC AMERICAN February 1996)