日経サイエンス  1996年4月号

「こころ」を測る

武者利光(脳機能研究所・東京工業大学)

 「こころ」あるいは「感情(感性)」は以前から哲学者,心理学者の大きな関心事であり,主要な研究対象であった。しかし近年,脳・神経科学の分野が重視されるとともに,工学的な手法でこの「感情とは何か」に迫ろうとする研究が始まっている。

 

 ここで紹介する「感性スペクトラム分析法(Emotion Spectrum Analysis Method=ESAM)」はその先駆けともいえる方法である。その最大の特徴は,人の感情を数値的に解析し,心の状態としての感情を客観的に表現しようというものである。

 

 こころ,感情の源は脳にあり,人の感情の変化は脳波の変化として現れる。ESAMはこの脳波を解析し,感情の変化を読みとろうとするものである。頭皮上に10~14個の電極を張り付け,脳波を多点で取り,デジタルアナライザーなどを通して得られる「感性マトリックス」を用いて,心の奥で見られる感情の起伏をとらえる。

 

 テレビで悲しい場面を見たとき,涙を流すことによって,「怒り・ストレス」や「悲しみ・(心理的な)落ち込み」が減少するといったことなど,すでに多くの実験例が集まっており,有用性も裏づけられている。人の感性・心理評価,ストレスコントロールなど今後の応用も広い。

著者

武者利光(むしゃ・としみつ)

(株)脳機能研究所代表取締役,東京工業大学名誉教授, 理学博士。1 954年東京大学理学部物理学科卒。日本電信電話公社(当時)電気通信研究所に勤めた後,東京工業大学教授に。その後,1994年に川崎市にある「かながわサイエンスパーク」内に研究開発型ベンチャー企業である(株)脳機能研究所および(株)ゆらぎ研究所を設立した。脳波による痴呆の早期診断法および感性の定量分析法を世界に先がけて開発した。一方,1/fゆらぎの研究の草分け的存在で,物理学から生理学にこの分野の研究を広げた功績は大きい。生体リズムが基本的に1/fゆらぎをすることを初めて見 つけている。現在はゆらぎ理論に基づいて広範な快適環境のデザインに取り組んでいる。著書に『Physics of Living State』(Ohmsha,1994年)などがある。