日経サイエンス  1996年4月号

全地球測位システムGPS

T. A. ヘーリング(マサチューセッツ工科大学)

 カーナビゲーションでおなじみの全地球測位システム(GPS)は,はるか2万km上空の宇宙空間を飛び回る24個の人工衛星からなり,衛星が送信する電波を受信すると,地上の受信機の位置を正確に教えてくれる。もともとは冷戦時代に,米国防総省が軍の作戦行動を支援するために開発したことが知られている。ただ,当局者は,将来の民生応用も想定していたという。

 

 位置を決定するとき,最大の難関は衛星と地上受信機の時計を合わせることにあった。GPSの設計者は,わずかな時刻のずれを巧みに補正する手法を開発した。また,電波の送信には一種の乱数を使い,複数の衛星を簡単に識別できるようにした。この2つの工夫は安価な地上受信機の普及を助ける大きな要因となった。

 

 国防総省は,GPSの情報が仮想敵国を利することがないように,衛星の原子時計の精度をわざと落とすことがある。このときの測位誤差は約100mだが,民間の研究者は地上の固定局を利用して,この意図的な精度低下を防ぐ手法を編み出した。今では誤差を数mmに抑えることも可能である。これは軍用の設計精度をはるかに上回る。

 

 GPSの応用は,カーナビをはじめ,航空機・船舶の誘導,地質調査,測量,天気予報など,幅広い民生分野に広がりつつある。とすると,国防当局がこのシステムを管理し続ける意味はあるのだろうか,と著者は疑問を投げかけている。

著者

Thomas A. Herring

マサチューセッツ工科大学(MIT)地球・大気・惑星科学科の準教授。クイーンズランド大学の学部学生のころ,夏期の野外調査のためオーストラリアの鉱山の地下やパプアニューギニアのジャングルを訪れ,悪戦苦闘した。この経験に懲りて,大学院時代はMITの計算機の前で精密計測シスムを地球物理の問題に応用する方法を研究した。1983年に学位を取得し,ハーバードカレッジ観測所に勤務。6年後にMITに戻る。骨の折れるフィールドワークから離れて10数年たった今,再び,中央アジアのキルギスタン共和国やアルゼンチンのパラナ川といった辺地の野外調査に参加している。

原題名

The Global Positioning System(SCIENTIFIC AMERICAN February 1996)