日経サイエンス  1996年2月号

新生児を守る母乳

J. ニューマン(トロン卜大学)

 母乳に含まれているのは,赤ちゃんを成長させるための単純な栄養分だけではない。母親の胎内という守られた環境から出てきたばかりの赤ちゃんが,雑菌だらけの外界に適応できるだけの免疫系を作り上げるにはしばらく時間がかかる。母乳には,乳児を病気から守ったり,免疫系の発達を促している細胞やタンパク質が含まれているのである。

 

 母乳には血液中の100~500倍の白血球が含まれている。これらの細胞は乳児の消化管の中で,病原体を貪食したり,乳児自身の免疫反応を促すようなサイトカインを分泌したりする。また,母乳にやはり大量に含まれている抗体は,病原菌に結合して,それらが消化管から体内に侵入するのを防いでいる。

 

 母乳を飲んでいる乳児の方が人工栄養の乳児よりも血清中の抗体が多いことが知られており,母乳には乳児の免疫能を高める成分のあることが示唆されている。このほかにも,消化管の発達を促す成分や,病原菌の増殖に不可欠な因子と結合して,病原菌による利用を妨げる成分なども見つかっている。腸内の“善玉菌”であるビフィズス菌を増やす作用のある成分は,比較的古くから知られていた。

 

 このように母乳は乳児にとって栄養面だけでなく,機能面でも理想的な食品なのである。最近は,このような機能面でも母乳に近い人工ミルクの研究も進んでいる。

著者

Jack Newman

1984年トロントの小児病院(Hospital for Sick Children)に母乳哺育相談所を設立,以後現在に至るまでその部長。近年,トロントのDoctors Hospitalと聖ミカエル病院に同様の部署を設立。ニューマンは,1970年にトロント大学で医学博士号を取得し,現在トロン卜大学の助教授。大学卒業後に,研修医としての訓練をニュージーランドとカナダで行った。国連児童基金(ユニセア)の顧問医師としてアフリカで活動した経験もある。さらにニュージーランド,中南米諸国での診療経験もある。

原題名

How Breast Milk Protects Newborns(SCIENTIFIC AMERICAN December 1995)