日経サイエンス  1996年2月号

意識をどのように研究するか

D. J. チャルマース(カリフォルニア大学サンタクルーズ校)

 神経科学的な手法で,意識の本質を解き明かすことができるだろうか? 著者の答えは「ノー」である。神経科学者は,外界からの刺激を脳が処理する過程については,いずれは完全に説明できるようになるだろう。しかし,それだけでは意識の神秘を解き明かすことはできないと著者は主張する。

 

 この分野は,新しい学問領域であるために,基本的な概念に混乱がある。著者は問題を明確にするために,意識の「やさしい問題」と「むずかしい問題」を区別することを提唱している。脳での外界からの情報の処理過程,情報に基づいた行動の制御などは,「やさしい問題」に属し,これは神経科学の手法で解決できる。しかし,ある波長の光を見たときに,なぜそれを鮮やかな青色と意識するか,つまり「むずかしい問題」は解明できないという。

 従来の物理学の手法を使ったアプローチはすべて「やさしい問題」を扱っていて,「むずかしい問題」を解明しようとすると壁にあたるという。著者は,従来の物理理論では意識を扱うことができず,さらに意識を下位の要素に分けることができないのだから,意識を基本単位とする新しい基本法則を考えるべきだとしている。

 

 この基本法則がどんなものであるかは,著者もわからないとしているが,情報が重要な概念になるだろうと予想している。物理学者たちがめざす,真の「森羅万象の理論(TOE,theoryof evrything)」は意識の法則も含んだものでなければならないだろう。

著者

David J. Chalmers

最初,アデレード大学およびローズ奨学生として過ごしたオックスフォード大学で数学を専攻したが,意識に魅了され,哲学と認知科学の研究を始めた。インディアナ大学でこれらの分野でPh.D.を取得し,現在はカリフォルニア大学サンタクルーズ校の哲学科に籍を置いている。チャルマースは,人工知能と心の哲学に関して多くの論文を著している。この記事の中に出てくる多くのアイデアを練り上げた. 『The Conscious Mind』という彼の著書は,オックスフォード大学出版会から近く刊行される。

原題名

The Puzzle of Conscious Experience(SCIENTIFIC AMERICAN December 1995)