日経サイエンス  1996年1月号

利己的遺伝子と生物の体

R.ドーキンス(オックスフォード大学)

 ダーウィンは生物個体の見地から進化や自然選択を考察したが, ドーキンスは個体ではなく,彼の言う「遺伝子の目から見た」視点で考察している。ドーキンスの主張によると,生物の中の遺伝子は「利己的」で,彼らの宿主(ドーキンスは「生存機械」と呼んでいる)を,繁殖に十分な時間だけ生かすことにより,自らの生存を確実にしている。

 

 生命の複雑さは,宇宙のいかなる壮大な目的によってよりも,むしろ遺伝子たちの間で起こるすさまじい競争によって説明することができる。最近出版された彼の著 書『遺伝子の川』(原題:RiverOut of Eden,垂水雄二訳,草 思社)の中で,彼は「どのようにして生命は始まったのか?」 「なぜ私たちはここにいるのか?」といったことを含め,遺伝子の増殖のための闘いが,どのように生命の神秘を生じさせているかについて説明している。本誌に掲載する論文は『遺伝子の川』の1つの章を改作したものである。

著者

Richard Dawkins

1941年にケニアで生まれた英国人。オックスフォード大学で学び,ノーベル賞受賞者の動物行動学者ティンバーゲン(Niko Tinbergen)の下で博士号を取得。2年間カリフォルニア大学バークレー校に在籍した後,オックスフォードに戻り,現在は動物学の講師であり,ニューカレッジのフェローである。ドーキンスは『利己的な遺伝子』 (日高敏隆ほか訳,紀伊國屋書店),『ブラインド・ウォッチメーカー』(中嶋康裕ほか訳,日高敏隆監修,早川書房) の著者として有名である。彼の次の著書『Climbing Mount Improbable』は1996年春にW. W. Nortonより出版予定である。ドーキンスはオックスフォードにおいて新設されたPublic Understanding of Science の講座(Charles Simonyi Chair) を担当することになっている。