
血液中にある白血球は,体を病気から守る免疫系の代表的な細胞 である。しかし,脳には白血球が入らないようになっている。脳に侵入できるのは,病気やけがなどで血管が損傷したときだけで ある。白血球の代わりに脳内で免疫防御を担っているのが,グリア細胞の一種,ミクログリアである。
ミクログリアは通常は突起を多数伸ばして周囲の細胞に接触し, 異常がないかを監視している。ニューロンに異常が起こると,形 を変え,ニューロンの修復を手助けするような成長因子を放出する。また,腫瘍細胞や細菌を殺すような分子も出す。さらには, 死んでしまったニューロンや他の脳細胞を貪食して,脳内を清掃 する役目もある。
しかし,免疫細胞としてのミクログリアの働きは諸刃の剣でも ある。腫瘍細胞や細菌を殺すためのサイトカインやタンパク質分 解酵素,活性酸素類は時として,正常なニューロンを殺してしまうこともある。健康な人では,ミクログリアが必要以上に働きす ぎないように,制御する機構が働いているらしい。しかし,アル ツハイマー病やダウン症の患者では,この制御が効かずに,ミクログリアが暴走し,その結果ニューロンの死と痴呆という状況を 招いているようだ。
著者
Wolfgang J. Streit / Carol A. Kincaid-Colton
2人はそれぞれ独立した研究をしているが,ミクログリアの理解を深めるために共同研究も行っている。ストライトはサウスカロライナ医科大学で実験神経病理学で理学博士号を取得。現在はフロリダ大学医学部の神経科学の助教授を務めている。フロリダ大学に着任する前は,しばらくドイツのマティンストリートにあるマックス・プランク研究所の研究員として働いていた。キンケイド=コルトンは現在,ジョージタウン大学医学部の生理学,生物物理の助教授を務めている。彼女はラトガーズ大学で生理学の博士号を取得し,ジョージタウンに移る前は米国立衛生研究所(NIH)の生物物理研究室にいた。
原題名
The Brain's Immune System(SCIENTIFIC AMERICAN November 1995)