
16年の歳月と20億ドルをかけた世界最高の宇宙線検出器が,ちょっと前まで,どこかの倉庫に文字通りお蔵入りになりそうな情勢だった。米航空宇宙局(NASA)は2010年までに国際宇宙ステーション(ISS)の建設を終えてスペースシャトルを退役させるよう命じられ,もはやこの観測装置を打ち上げる余裕はないと説明した。装置を救うには,物理学者たちの強力な働きかけと米国議会によるシャトル計画延長の議決を要した。その結果,スペースシャトル「エンデバー」が4月末,この「アルファ磁気分光器(AMS)」をISSに運ぶ特別任務を負って最後の打ち上げに臨む。
アルファ磁気分光器の特徴は,ごっちゃになって容易には判別できない“通常のもの”と“通常ではないもの”を見分けられることだ。粒子の質量,速度,タイプ,電荷など,すべての特性をとらえる検出器群を備えた装置は他にない。これに近い観測装置として欧州が2006年に打ち上げた宇宙放射観測衛星PAMELAがあった。これまでに暗黒物質など風変わりな存在の兆候をつかんだが,曖昧さを残している。低質量の反粒子(例えば陽電子)と,同じ電荷を持つ質量の大きな粒子(陽子など)を区別する能力がないためだ。
アルファ磁気分光器は従来の標準からすると怪物級で,重量は7トン(PAMELAの14倍),消費電力は2400ワットにもなる。しかし,一風変わった共生関係というべきか,これを宇宙ステーションに搭載することによって,両者の存在意義が正当化される。AMSに電力を供給し軌道飛行させられるのはISSだけだし,AMSを搭載することでISSは少なくとも世界一級の科学研究を実行できる場になる(批判派は納得しないかもしれないが)。欧州合同原子核研究機構(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器LHCが地上で自然の深奥を探るように,アルファ磁気分光器は地球周回軌道上で同じことを実行してくれるだろう。
原題名
The Space Station’s Crown Jewel(SCIENTIFIC AMERICAN May 2011)
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