
ヒトゲノム,つまりDNAの形で保存された人間の設計図は,4種類の文字(塩基)で書かれた30億字の書物だ。その書物は24分冊からなり,各分冊を「染色体」という。すべての染色体は細胞の核の中に入っていて,細胞は必要となる部品(タンパク質)の設計図(遺伝子)を染色体の中から読み出し,必要な個数のタンパク質をつくる。ここまではよく知られている話だが,細胞の核の中で行われている具体的な作業については,あまりわかっていなかった。
それには理由があった。生物学をかじった人なら染色体はXのような形をしていると思われるかもしれない。しかし,それは細胞分裂の際に限って見られる形。いわば閉じた状態の書物だ。通常の細胞の中の染色体は糸くずの塊のようで,書物の各ページを読める状態になっている。核内は糸くずで埋まり,それぞれの染色体がどのあたりに存在するのかわからなかった。それが近年,各染色体を色分けする技術が登場,細胞の種類に応じて染色体の位置関係が異なることがわかってきた。適材適所になるように染色体が動いているらしい。
著者
Tom Misteli
メリーランド州ベセスダにある米国立がん研究所の上級研究員。独自に開発した画像ツールを利用して,生きている細胞の核におけるゲノムの3次元構造の基本原則を解明し,この知識を応用して,がんや老化と取り組む新しい方法を発見しようと試みている。
原題名
The Inner Life of the Genome(SCIENTIFIC AMERICAN February 2011)