日経サイエンス  2011年4月号

セックスの始まり

J. A. ロング(ロサンゼルス郡立自然史博物館)

2005年の8月,豪メルボルンにあるビクトリア博物館の研究チームは,同国北西部の有名な化石産地ゴーゴーで太古の魚の化石を見つけ,持ち帰ります。約3億7500万年前の古生代デボン紀の海を泳いでいた最も原始的な魚類にして,最初に顎をもった脊椎動物,板皮類(ばんぴるい)の化石です。

化石は普通,ぺちゃんこになっていることが多いのですが,ゴーゴーの化石は立体構造のまま得られることがあります。著者たちが持って帰った板皮類の化石から石や土を取り除く作業をしたところ,驚くべき発見がありました。その魚の体内から,へその緒でつながった赤ちゃんの骨が見つかったのです。これは,板皮類が交尾による体内受精をして,卵ではなく,赤ちゃんを産んでいた決定的な証拠です。

板皮類のオスは1対の腹ビレを使って,メスの体内に精子を送り込んでいました。これが,最終的には私たちヒトを含む四肢動物の脚と性器につながったようです。それだけではありません。著者は脊椎動物の顎(あご)についても,興味深い仮説を展開します。「セックスによってすべてが変化したようだ」と著者はいいます。

従来,体内受精を最初に始めたのは,サメの仲間(軟骨魚類)と考えられていました。ですが,軟骨魚類の祖先にあたる板皮類でも体内受精をしていたことがわかり,脊椎動物の初期進化について,さまざまなことが一度にわかってきました。
 

 
再録:別冊日経サイエンス233「魚のサイエンス」

著者

John A. Long

魚類の初期の進化について研究している。オーストラリアのメルボルンにあるビクトリア博物館で科学部長を務めていたが,最近米国に移り,現在はロサンゼルス郡立自然史博物館の研究・収集部長。「The Rise of Fishes」(第2版,ジョンズ・ホプキンズ大学出版局,2010年)など,18冊の著書がある。

原題名

Dawn of the Deed(SCIENTIFIC AMERICAN January 2011)

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