日経サイエンス  2011年2月号

現代人の進化

J. K. プリチャード(シカゴ大学)

 人類がおよそ6万年前(5万~ 10万年前の間と推定されている)にアフリカを旅立って世界に広がっていったとき,私たちの祖先は先史時代の技術だけでは克服できない厳しい環境の壁に遭遇した。東アフリカの暑い草原や灌木地帯から極寒のツンドラ,高温多湿の熱帯雨林,灼熱の砂漠といったさまざまな環境に適応するため,人類はここ最近で急速に進化したと言われていた。

 

 数千年前,人類が初めて海抜およそ4300mのチベット高原に移住したとき,高地の酸素の薄さが開拓者の身体に大きな負担をかけた。高山病が慢性化し,乳児の死亡率も高くなっただろう。2010年初めに発表された一連の遺伝学的研究で,チベット族では一般的だが他集団ではまれな遺伝子変異が見つかった。赤血球生産を調節しているこの変異のおかげで,チベット族は酸素の薄い土地に適応できたのだろう。この発見は,私たち人類がおそらくかなり多くの生物学的適応を同じように果たしてきたという考えを支持するようにみえた。

 

 このように自然選択がはたらいて人類がさまざまな環境に適応してきたのであれば,世界中の異なる地域に住む集団は遺伝的にどの程度違うのだろうか? また,自然選択以外の影響による遺伝子の差異はどの程度あるのだろう? この課題に取り組むべく,著者らは世界中の集団のゲノムを調べ,詳しく比較した。

 

 研究は現在も進行中だが,すでに意外な結果が得られてきている。局地的な環境が自然選択の圧力となって急速に進化した遺伝子は,ほんのわずかしかないことがわかったのだ。代わりに現代人の遺伝子の分布に大きな影響を及ぼしている要因が明らかになってきた。

 

 

再録:別冊日経サイエンス185 「進化が語る現在・過去・未来」

著者

Jonathan K. Pritchard

シカゴ大学人類遺伝学教授。ハワード・ヒューズ医学研究所の研究者でもある。ヒト集団における集団内および集団間の遺伝的多様性とその多様性を生み出すプロセスについて研究している。

原題名

How We Are Evolving(SCIENTIFIC AMERICAN October 2010)

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