日経サイエンス  2011年2月号

光で脳をコントロール

K. ダイサーロス(スタンフォード大学)

狙った細胞の活動を光で自由にコントロールする新技術「オプトジェネティクス」。脳細胞の活動パターンとそこから生まれる現象との関係を直接調べられるとあって,特に神経科学の分野で目覚ましい発展をもたらした。この革新的な技術を可能にしたのは,意外な微生物の光に反応するタンパク質だった。

精神科医でもある著者は,精神疾患の原因に関する情報が限られていて,治療法がなかなか見つからずにいることに限界を感じていた。哺乳類の脳は非常に複雑なため,脳が本当に何をしているのか,どの脳細胞のどのような活動パターンが最終的に思考や記憶,感覚,感情などを生み出しているのかについて詳しく調べられずにいた。神経疾患に関する研究も,化学物質や神経伝達物質を中心に考えるのが主流で,脳の高速電気神経回路としての側面は注目されていなかった。

他の細胞に影響を与えずに脳内の特定の細胞を制御する技術が待ち望まれていたが,それまでの電気刺激を使った方法ではこの難題を解決できなかった。電極は周辺のすべての細胞を刺激してしまうので細胞を選べないし,神経細胞の発火を止めることもできないからだ。

一方で,生物学の分野である微生物の光感受タンパク質の研究が行われていた。光に反応して電荷の流れを制御するこれらのタンパク質は「オプシン」という遺伝子群にコードされており,微生物が周囲の光からエネルギーや情報を得るのに役立っていた。一見すると哺乳類の脳とは無関係なその研究が神経科学に結びついたのは,かなり後になってからだった。

2005年,著者らは哺乳類の神経細胞に微生物のオプシン遺伝子を導入して,細胞を光に正確に反応させることに成功した。安全な可視光のパルスだけで,細胞の活動電位の発火パターン(インパルス)をミリ秒の精度で制御できるようになったのだ。神経細胞は電位が一時的に上昇することによって,他の神経細胞に情報を伝達する。

オプトジェネティクスはその後も改良が進み,世界中の研究室の幅広い分野の研究で利用されるようになった。精神疾患や神経疾患の根底にある脳内ネットワークの異常に関する情報も飛躍的に増えてきている。

著者

Karl Deisseroth

スタンフォード大学で生体工学と精神医学を教えている。微生物由来のオプシンの研究とオプトジェネティクスの発展に対する功績により,2010 年に中曽根賞(基礎生物学の進展にブレークスルーとなる研究成果を上げた研究者に贈られる)を受賞した。

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再録:別冊日経サイエンス191 「心の迷宮 脳の神秘を探る」

原題名

Controlling the Brain with Light(SCIENTIFIC AMERICAN November 2010)

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