日経サイエンス  2011年1月号

量子暗号通信 実運用へ 東京ネットワーク始動

古田彩(編集部)

 2010年10月,量子力学の不思議な現象を使って通信の完全安全性を保証する「量子暗号」の高速通信網が始動した。都心と小金井市を結ぶ光ファイバー網に量子通信装置を組み込んだ「東京QKDネットワーク」だ。

 量子力学の原理によれば,光子1個1個の量子状態に記録したデータは,誰かが読めば必ず変化する。この現象を利用して盗聴を監視し,誰も見ていないデータを暗号の鍵として使い,本物の情報を暗号化する。その情報を送信すれば,秘密は決して外に漏れない。

 量子暗号はこれまで,主に物理学者が,量子力学と情報のかかわりを探るために研究してきた。だがここ数年で急速に高速化し,ネットワーク技術者や通信事業者の関心を集めるようになった。毎秒わずか数十ビットだったのが,今や45kmで毎秒数百キロビットを実現。ハイビジョンというわけにはいかないが,動画が送れるスピードだ。

 今回稼働した東京QKDネットワークの狙いは,4年以内に国家機密を送れる政府の量子通信網を構築すること。完成披露を兼ねた国際会議では,盗聴を巧みにかわしながら量子テレビ会議をする実験が公開され,防衛省などの関係者も多数出席した。

 量子暗号通信の実用化を阻む最大の問題は,通信距離が延ばせないことだ。量子状態に記録したデータは増幅できないため,距離を伸ばすほど通信速度が低下し,200km程度が限界との見方もある。  一方,最近大きな問題になっている「サイドチャネル攻撃」の一部を防御できるなど,従来の暗号にはない特徴も見えて来た。

 実運用へと動き出した量子暗号通信の現状と将来を,世界の情勢を含めて報告する。

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