日経サイエンス  2010年12月号

特集:「終わり」を科学する 

最後の人たち 失われゆく文化

人類学

文・写真 W. デイビス(人類学者)

 現在生きているすべての人々は,約6万年前にアフリカから歩み出た比較的少数の個体の子孫であることが,過去10年の遺伝学的研究から確かなものとなった。アフリカから出た人々は,居住可能な世界の隅々にまで人間の精神と想像力を広めた。私たちはこの遺産を共有しているので,すべての文化は同じ才能を起源として生まれ,基本的に同じ潜在力を持っているといえる。

 

 この知的能力を技術革新の成果物を生産するのに用いるか(西洋社会が成し遂げてきたように),驚くほど精緻な親族間ネットワークの維持に用いるか(例えばオーストラリアのアボリジニにはこれが最大の関心事だ)は,単なる選択と方向性の問題であり,何にどのように適応するか,文化的に何を優先するかの違いにすぎない。地球上の文化はそれぞれが,人間であるということの意味は何なのかという問いに対する答えだ。そして,そうした文化の総体が,今後数千年に私たち人類がヒトという種として直面する難問に対処する手段となる。

 

 しかしいま,その地球上の文化が恐ろしいスピードで消えつつある。文化多様性の低下を示す第一の指標は,言語の消失だ。言語はもちろん,単なる文法規則や語彙の集合ではない。それぞれの文化の魂を物的世界に運んでくる乗り物が言語であり,どの言語も精神が長い時間をかけて育んだ“古くからの森”だ。ところが,言語学者が一致して指摘するように,世界に7000ある言語の50%が消滅の危機に瀕している。2週間に1度,一人の老人が息を引き取り,古くからの言語を墓のなかに持っていってしまう。あと1~2世代のうちに,人類の社会的・文化的・知的な遺産の半分が失われるかもしれない。これは現代の気づかれざる時代背景である。

 

 そうした少数民族の風変わりな文化や信念,儀式が消えて何が問題なのか,と問う人が少なくない。遠いアフリカの一部族が絶滅したとして,ニューヨークに住む家族には関係ないじゃないか? 実のところ,たいしたことではないだろう。ニューヨークの消失がアフリカの種族に与える直接の影響と,おそらくそう変わらない。ただ,どちらの生活様式の消失も人類全体にとって問題なのだと,私は言いたい。

 

 

再録:別冊日経サイエンス194「化石とゲノムで探る 人類の起源と拡散」

著者

Wade Davis

人類学者,民族植物学者,映画製作者にして写真家。最近の著作は2009年にAnansi社から出版された「The Wayfinders: Why Ancient Wisdom Matters in the Modern World」で,この写真記事のもととなっている。

原題名

Last of Their Kind(SCIENTIFIC AMERICAN September 2010)

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