日経サイエンス  2010年11月号

極微の世界をとらえるナノムービー

A. H. ズウェイル(カリフォルニア工科大学)

 人間の目に見えるものや現象は限られている。毛髪(太さ0.1mmほど)よりもはるかに細い物体は見えないし,まばたき(1/10秒)よりも速い動きを追うこともできない。しかし,何世紀もかけて光学や顕微鏡法が発展してきた結果,ウイルスの顕微鏡写真や電球を突き抜ける弾丸のストロボ写真(ミリ秒オーダー)など,肉眼の限界をはるかに超える世界の精巧な画像を見ることができるようになった。

 

 一方で,不規則に動き回る原子を描写したムービーを見せられたら,それは単なるアニメか芸術作品,コンピューター・グラフィックスに違いないと考えただろう。無理もない。そんな実写映画を撮影するのは最近まで不可能だったのだから。

 

 この10年,カリフォルニア工科大学の私の研究グループは新方式の画像化技術を開発し,原子スケールで1フェムト秒(フェムトは1000兆分の1)という短時間に起こる現象を解明してきた。この方式は,空間(3次元)と時間の両方向に関して画像化が可能であることに加えて電子顕微鏡の技術に基づく手法なので,私は「4次元電子顕微鏡法」と命名した。

 

 私たちは,その4次元電子顕微鏡を用いて,数nm幅のカンチレバーの振動や,グラファイト(黒鉛)にレーザーパルスを照射して“打った”後にグラファイト中の炭素原子シートが太鼓の膜のように振動する様子,物質がある状態から別の状態へと遷移していく様子などを画像化してきた。また,個々のタンパク質や細胞の画像化にも成功している。

 

 4次元電子顕微鏡法は,材料科学から生物学に至るさまざまな分野で活用できる。物質の振る舞いをボトムアップ式に理解する,つまり原子レベルの振る舞いから巨視的スケールの振る舞いを理解する上で役に立つだろう。微小機械(マイクロマシンやナノマシン)の研究にも有用だろう。また,タンパク質や生体分子の集合が,どのように立体的に畳み込まれてより大きな構造へと組織化されるのか(このプロセスは生物の細胞が機能するのに不可欠)といった問題にも挑める。

 

 さらに,ナノ材料の性質を左右する微細構造の原子配列を明らかにし,原子や分子内をアト秒(アトは100京分の1)の時間スケールで動き回る電子を追いかけることもできるかもしれない。この手法は,基礎科学の発展に加え,ナノマシンや新薬の設計など,広範囲にわたる応用が期待されている。

 

 

再録:別冊日経サイエンス202「光技術 その軌跡と挑戦 」

著者

Ahmed H. Zewail

フェムト秒分光法を用いた化学反応の遷移状態の研究で1999年にノーベル化学賞を受賞。カリフォルニア工科大学で化学のライナス・ポーリング記念教授,および超高速科学技術物理生物学センターの所長を務め,同大学物理学教授でもある。2009年に米大統領科学技術諮問委員に任命され,中東への米国科学特使に初めて指名された。

原題名

Filming the Invisible in 4-D(SCIENTIFIC AMERICAN August 2010)

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