日経サイエンス  2010年11月号

のんで効く医療ロボット

P. ダリオ A. メンチャッシ(ともに聖アンナ大学院大学)

 映画『ミクロの決死圏』が公開された1966年当時,ミニチュアになった医師たちが患者の命を救うために血管のなかを脳まで旅して手術をするというこの物語は,純然たるSFだった。ハリウッドがこの作品をコメディー仕立ての『インナースペース』として1987年にリメイクしたころ,実世界の技術者たちはすでに,医師に代わって患者の胃腸管のなかを探検できる錠剤サイズの小型ロボットの試作機を作り始めていた。

 

 2000年には,商業的に作られた初のカプセルカメラの利用が始まった。患者が呑み込んで使うこれらのカプセルカメラはそれ以降,小腸のヒダなど以前なら手術なしでは手が届かなかった場所について,驚きの映像を提供してきた。

 

 『ミクロの決死圏』のうち,依然としてSFの領域にとどまっている重要な部分がある。小型カプセルカメラ自身が動力源を備えて自らを操縦し,がん病巣へ泳いでいって生検試料を採取したり,小腸の炎症部分をチェックしたり,腫瘍に治療薬を投与したりする機能だ。

 

 しかし近年,従来の受動的カプセルカメラの基本要素を能動的なミニロボットに変える研究開発が大きく進歩した。いま動物でテスト中の先進的な試作機は,足と推進機構,精巧な撮像レンズ,無線誘導システムを備えている。これらのミニロボットが臨床試験される日も近いだろう。

 

 スクリーニング検査や診断,治療処置を行う能動型カプセルカメラに体内で仕事をさせるには,難しい工学的課題がある。それらに挑戦することを通じて,創造的な解決策が生まれてきた。ロボット工学や他の医療技術全般に影響を及ぼすだろう。

 

 

再録:別冊日経サイエンス177「先端医療をひらく」

著者

Paolo Dario / Arianna Menciassi

2人ともイタリアのピサにある聖アンナ大学院大学の生医学ロボティクスの教授。ダリオは1990年代に初の自己推進式結腸内視鏡ロボットを発明したほか,韓国の知能マイクロシステムセンター(IMC)やヨーロッパのロボティクス研究者との共同研究を通じて無線ロボットカプセル内視鏡の研究開発を先導してきた。メンチャッシは過去10年間にわたってダリオと共同研究しており,侵襲性を最小限に抑えて治療を行う医療マイクロ工学と医用ナノテクノロジーが専門。

原題名

Robot Pills(SCIENTIFIC AMERICAN August 2010)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

カプセル内視鏡アクチュエーター知能マイクロシステムセンター IMCVECTORプロジェクト外科ロボット