日経サイエンス  2010年10月号

DNA医薬の時代

M. P. モロー D. B. ワイナー(ペンシルベニア大学)

 プラスミドという環状のDNAに病原体タンパク質の遺伝子を載せてワクチンとして利用する──このシンプルでエレガントなアイデアは1990年代に登場した。プラスミドDNAを直接,皮膚などの細胞に取り込ませれば,細胞はプラスミドに載せた遺伝子からタンパク質を作り始める。これが抗原となって,免疫がつくわけだ。

 

 投与するのはタンパク質の遺伝子だから,生ワクチンのように投与後に変異して病原性をもつようになる危険はない。さらに,DNAは常温で保存できるので,冷蔵・冷凍の設備が整っていなくても大丈夫(これは途上国には大きなメリットだ)。そして,製造に時間がかからないので,突発的な流行の出現にも対応しやすい。

 

 いいことづくめだったが,現実はうまく行かなかった。十分な数の細胞にプラスミドを取り込ませることができなかった上に,首尾よく取り込んだ細胞でも,期待した量のタンパク質を作らなかったのだ。

 

 しかし,アイデアそのものは悪くない。10数年にわたって改良が続けられた。細胞への導入方法の工夫,遺伝子の配列を最適化することでタンパク質合成の効率アップ,抗原タンパク質の遺伝子だけでなく免疫増強剤(アジュバント)の遺伝子もプラスミドに搭載,などなど。こうした改良の結果,DNAワクチンは効果が飛躍的に高まった。DNA医薬は,ワクチンとして感染症の予防をするだけでなく,がんの免疫療法,タンパク質の補充療法などにも期待されている。

 

 

再録:別冊日経サイエンス177「先端医療をひらく」

著者

Matthew P. Morrow / David B. Weiner

2人ともペンシルベニア大学で研究している。ポスドクのモロー(左)は,HIVの研究に10年近く携わり,現在はDNAワクチンとそれを使った治療法の開発に力を注いでいる。医学部の病理学教授であるワイナー(右)は,ペンシルベニア大学大学院の遺伝子治療・ワクチン専攻の主任でもある。ワイナーは,DNAワクチン技術の先駆者としてヒトでの最初の臨床試験を行ったほか,米食品医薬品局(FDA)や,プラスミドを使った医薬品を開発しているワクチンメーカー・製薬企業の技術顧問でもある。

原題名

DNA Drugs Come of Age(SCIENTIFIC AMERICAN July 2010)

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