日経サイエンス  2010年10月号

子どもの意外な“脳力”

A. ゴプニック(カリフォルニア大学バークレー校)

赤ちゃんや幼い子どもは理不尽で自分本位,分別のない未完の大人だと考えている人は多いだろう。かつて多くの心理学者は,子どもは何も分からない存在だとみなしていた。だが,最近の研究から,子どもは予想以上にさまざまな知識を持ち,科学者のような方法を使って周りの世界について学んでいることが明らかになってきた。

赤ちゃんについての誤解は,彼らがしゃべれないことが原因にあったのだろう。4歳以下の幼児(この記事ではこの年齢の子どもについて述べる)の会話は不可解な内容が多いし,5~6歳の子どもですら自分の考えを言葉で表現するのが上手いとは言い難い。だが,赤ちゃんや幼児の話の内容ではなく行動に注目すれば,彼らの考えを知ることができる。例えば,赤ちゃんは奇抜で予想外の出来事を長く見つめるので,そこから赤ちゃんが何を予測していたのかがわかる。さらに,何に手を伸ばし這って近づこうとするのか,周りの人々をどのように真似るのかを観察すれば,より強力な証拠になる。

こうした研究手法によって,幼児は運動の軌道や重力など,単純な物理的な関係を理解していることがわかってきた。子どもは物理的に自然な出来事よりも,固い壁からおもちゃの自動車が現れるといった不思議な現象を長く見つめる。また,3~4歳になるころには,生物学的な基礎知識を得て,成長や遺伝,病気などについて理解し始めるという。

赤ちゃんや幼児の学習能力には目を見張るものがある。これほどたくさんのことをどうやって素早く正確に学んでいるかは謎だったが,著者らの研究によって,赤ちゃんには特に統計パターンに基づいて学習する優れた能力があることがわかった。赤ちゃんは統計の標本と母集団の関係を理解していて,自分の統計分析に基づいて周囲の世界についての理論を組み立てる。

人間は他の動物に比べ幼年期がとりわけ長い。これは人間の学習能力の高さとも関係しているという。一見,無力な期間が長ければ生存に不利なように思えるが,そうではない。長い幼年期は学習や創造に必要な脳の神経回路を築くのに必要な期間として,進化の過程で設けられたようだ。また,この幼児期の柔軟な学習能力を可能にしている脳の仕組みについても明らかになってきている。



再録:別冊日経サイエンス259『新版 認知科学で探る心の成長と発達』

著者

Alison Gopnik

カリフォルニア大学バークレー校の心理学教授と哲学の客員教授。子どもがいかにして「心の理論」(他者も心を持つことを理解し,相手が自分とは違うものを信じたり欲したりする場合があると理解する脳力)を発達させるかについて,草分け的研究を行ってきた。彼女の研究から,子どもは科学者が使うような方法で周囲の世界について学ぶという「理論の理論」が考案されるようになった。子どもの心を調べることは,意識の謎といった深遠な哲学的問題を解き明かすことにもつながると主張している。

原題名

How Babies Think(SCIENTIFIC AMERICAN July 2010)

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